91. 学園生活
リーバー学園長の説明を聞けないまま学園長室を後にしたディアーナは、教室へ向かう途中クロエから説明を聞いた。
バーベル学園は10歳から15歳までを中等部、15歳から18歳までを高等部と呼び区別している。
小学校中学年から中学卒業までが中等部に纏められ、此処では基礎学力や魔力の向上。高等部は比較的大学に近く、基本的な学問と併せて専門的な分野を専攻し、それをより深く学ぶ事を目的としている。
専攻は剣術科、幻術科、魔法学科、薬学科、生物学科、法学科といった分野の他、淑女科など謎の専攻まで多岐にわたる。
編入生であるディアーナは一週間以内に専攻を選ぶ必要があり、数ある専攻の中から一つを選ばなくてはならない。
またこの学園には貴族、もしくは優秀な成績をおさめる平民しか居ない為、通常授業のクラス分けは身分問わず成績順だ。
「わたくし達はSクラスですわ。執行部の面々もおりますからご紹介しますわね」
ここでようやくディアーナは自分が通うクラスを把握する事が出来た。
学年はDクラスからSクラスに分かれているので、どうやらディアーナは一番上のクラスになったらしい。
編入試験を実施したか思い出せないが、クルドヴルムへ来る行程でリアムから大量の問題を渡された事があったので、それだったのかもとディアーナは説明を聞きながら考えた。
「セウェルスからはディアーナが初めてですが、ロスタムからは何名か留学生がおりますの。獣人なのですぐ分かりますわ」
ディアーナはクロエの説明に耳を傾けながら、高い天井を見上げる。
高い壁の上部にステンドグラスが嵌め込まれており、多彩な色彩が足元を照らしていた。
あまり覚えていないがゲームで学園のこの場所に来たような気がすると、ディアーナは思う。
それから周りを見渡すと、授業が始まっているのか廊下にはディアーナ達しか居ない事に気づく。
「午前中が通常授業。午後から各専攻の授業が行われます。今日は気になった専攻を見学してはどうでしょう」
一緒に歩いているシャーロットの提案に、ディアーナは同意した。
それにしても選択肢が多いのに一つしか専攻できないのが辛い。
「複数専攻している方はいらっしゃるのですか?」
ディアーナの質問にクロエがギョッとしてブンブン首を振った。首の動きに合わせて縦ロールが蛇のようにうねっている。
「同じ時間に授業があるので複数専攻する事は出来ませんわ。一つの専攻でも課題が多すぎて二つなんてとても…。ですが放課後の部活動で気になった専攻を学ぶ事が出来ますの。………課題が多いから絶対に嫌ですけどね」
メインが専攻、サブが部活動かとディアーナは納得する。
いずれにせよクロエの顔つきを見ていると複数専攻はまず無理。部活動もオススメはしないという事だろう。
「お二人は何を専攻していらっしゃるの?」
ディアーナの質問に答えてくれたのはシャーロットだ。
「私は薬学を専攻しています。クロエは生物学です」
「興味のある専攻を片っ端から見学すれば良いのよ。選びきれなかったら生物学を専攻なさいな。楽しくてよ!」
薬学と生物学。考えてもみなかったが、一度も経験した事が無いので学びになるかもしれない。
(…ん??…薬学?)
ディアーナはシャーロットの言葉に違和感を覚える。
何かを忘れているような。とても大切な何かだと霞がかった記憶を呼び起こす。
ゲームでシャーロットが死の淵に陥ったのは何故だったか。
不治の病である事は間違いないが、見た限り持病を抱えているようには思えない。
では何故不治の病になったのか。何度考えても思い出す事が出来なかった。
ディアーナは思考を中断すると、視界に映ったドーム状の建物を見つめる。
「あれは剣術専攻の演習場ですわ」
ディアーナの見つめる先に気づいたクロエが教えてくれた。
「クルドヴルムでは学園を卒業した後に騎士団見習いになるのですか?」
「剣術専攻といってますけど、実質騎士団見習いですの。騎士の昇格試験が卒業試験なんですのよ」
聞けば他の専攻も同様で卒業試験と就職活動が一括りになっているらしい。
「では皆さん夢の為に頑張っていらっしゃるのね」
ディアーナが感心すると、クロエとシャーロットは顔を見合わせた。
「夢の為、もしくは家の為ですわね。この学園は社交場でもあります。将来のお相手を見つける為、ひいては家の為に好きでもない科を専攻しなくてはいけないケースもありますわ」
成程、とディアーナは頷く。夢を追える生徒も居れば、家の為に仕方なくの生徒も多いのだろう。
嫌々専攻して身になるのかは謎だが、貴族社会だということを痛感させられる。
「クルドヴルムが比較的恋愛結婚が多いのも、結局はここで出逢う男女が多いだけなんですのよ。酷い時は親同士が上手く誘導しあって出逢いの場を作る事もありますの。それで出逢っても恋愛結婚だなんて…おかしな話でしょう」
クロエの発言の最後はほとんど愚痴だった。
そういった出逢いをある程度は見てきたのだろう。言葉の中に実感が込められている。
「キッカケは何でも、恋愛結婚に憧れてしまいます」
シャーロットがポツリと言う。
聞けば幼い頃に婚約したので、恋愛結婚が純粋に羨ましいのだそうだ。シャーロットははにかみながら「リアムが一番ですけど」と惚気てみせた。
「シャーロットが未来のお義姉様で本当に良かったですわ。お父様達がお友達だったからこその奇跡ですの。……でないととんでもない公爵令嬢と婚約する羽目になっていたかもしれませんわ」
クロエに"とんでもない公爵令嬢"と思わせる程の令嬢がいるのかと、ディアーナは肩が重くなった。
「さあわたくし達のクラスに着きましたわ」
ディアーナの不安をよそに、一歩前を歩いていた扉の前でクロエが足をとめると振り返った。