82. オルサーク公爵邸
「ルーファス、何を言われたんだ?」
執務室に戻ったルーファスの後に立ったクラースは二人きりになったのを見計らい疑問をぶつけた。
ルーファスは机に両肘をつき頭を支えるようにしたまま答えない。
怪訝そうに眉をひそめたクラースはルーファスの耳が真っ赤に染まっているのを見て、内容は分からないまでも、相当嬉しい事を言われたのだろうと想像する。
「あーーー!!羨ましい!!!」
ノックも無しに入室したリアムは絶叫した。
クラースは呆れるが、リアムが絶叫するくらいに第三者にとっても羨ましい事なのかと想像を膨らませた。
「不機嫌になっただけで"料理を作って待ってるから、早く会いに来て"なんて甘やかし過ぎだ!俺だってディアーナ様の手料理を食べたいっ!!」
我が友人はどうして失言が多いのかと、クラースは溜息をつく。幸い気安い相手がいる時だけしかこうはならないが、これが仕事でも出るなら問題だ。
「……お前は本当に殺されたいらしいな」
俯いたままのルーファスが低く言う。
リアムは失言に気付くものの、羨ましいから仕方ないと開き直った。
「普通は貴族が料理する訳ないんだよ!!なのにディアーナ様は料理も出来るんだぞ。食べたいだろ!」
「…お前、本当に捨てられるぞ。"生命の欠片"を渡したところで捨てられる時は捨てられるんだぞ」
呆れたルーファスが顔をあげ言うと、クラースも同意するように大きく頷く。
「いいかルーファス。そして堅物クラース。女性は皆美しいんだ。美しいものにときめいて何が悪い。まして宝石のように輝く女性を見たら婚約者が居ようが心が揺らぐものなんだよ」
「「さっぱり分からない」」
リアムは勢い良く訴えるが、ルーファスとクラースから同時に否定される。
「俺は婚約者や恋人は居ないが、居たら相手にされて嫌な事をするつもりは無い」
クラースは生真面目な顔をして断言した。
ルーファスも「クラースの言う通りだ」と同意する。
「俺はディアーナ以外を美しいとか、欲しいと感じた事は無い」
「クラース、正論をかますな。ルーファス、お前は黙ってろ」
恋愛結婚が多いクルドヴルムでも、ルーファスやクラースの考え方を持つのは少数だとリアムは否定する。
ルーファスはリアムの言葉を流し聞きしながら、ふとディアーナの言葉を思い出した。
ーー宰相のレスホール公爵が、死にかけた婚約者の生命を救う為にアナスタシア達と取引したの。そこでアナスタシアが起こした奇跡を真似してみたんだ。
(昔、大叔母上を救った方法を教えてくれたディアーナが言っていたのはリアムの事だろう)
ディアーナは名前を伏せていたが、リアム以外に居ない。君主を裏切る形になっても婚約者の生命を取ったのだ。
婚約者であるシャーロットが誰より大切な人だと、リアム自身も分かっている。
(ディアーナの言っていた事が本当なら、近い未来シャーロット嬢が病に倒れる可能性がある)
その時後悔しても遅いと、ルーファスは未だ力説するリアムに向けてペンを投げつけた。
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ローラン・ヴェド・オルサーク公爵の屋敷は王城から程近くにあった。
馬車の中で向かい合って座るディアーナの、肩に乗ったアルを見ながら元帥が言う。
「その…アルと言ったか。7年経つのに変わらないな」
「わたくしもよく知らないのですが、この子は聖獣と呼ばれる動物らしいです。…聖獣は誰にも懐かないそうですが、アルは人懐っこいので聖獣なのかどうか…。でも変わらないのは聖獣だからかもしれません」
「ロスタムの聖獣か。ディアーナは愛し子なんだな」
あっさり受け入れた元帥にディアーナは驚いた。
国交があるから知っていてもおかしくないが、愛し子とかそんなあっさり受け入れられるのだろうか。
「ディアーナが見せてくれた奇跡を考えれば、神に愛された子供だと素直に納得できるよ」
(何も言ってないのに察しが良すぎる…)
益々驚くディアーナの気持ちすら察した元帥は「ああ、ほら見えてきた」と、微笑みながら大きな屋敷を指差した。
元帥の屋敷はクルドヴルム王城と違い、白を基調としている。
どちらかと言えばセウェルス王城に近い屋敷に咲くのは燃えるような赤の薔薇。
玄関まで続く薔薇の道を、ディアーナの乗った馬車はゆっくりと進んだ。
「おばあ様!!」
馬車から降りたディアーナを、懐かしい祖母ティターニア、そして侍女のサラ達が迎えてくれた。
駆け出したディアーナは勢いそのままに祖母へ抱きつくと、祖母もディアーナを抱き返してくれる。
「大きくなりましたね。会えて嬉しいわ」
祖母は目に涙を浮かべながらディアーナの頬を包むと、柔らかく微笑む。
7年振りに会う祖母の美しさは相変わらずだが、身長はディアーナの方が僅かに高い事に気付き、7年の月日を感じた。
「はい、わたくしも…。お元気そうで良かった」
ディアーナはそう言ってもう一度祖母を抱きしめた。
それを見つめるサラ達の目にも涙が溢れている。
「嬉しいね、我が家に家族が増えた。ルーファスも遊びに来るだろうからディアーナの部屋だけでなく、ルーファスの部屋も作ろうか」
ディアーナと祖母の肩に手を置いた元帥は嬉しそうに微笑む。
「大叔父様がお部屋を作ってくださるのですか?」
元帥は見上げるディアーナに笑いかけると、ふと考えるようにしてディアーナの頭を撫でた。
「ディアーナがやってみるか?」
一瞬何の事か分からなかったが、"召喚しないか?"と言われている事を察したディアーナは目を見開く。
「良いのですか?わたくし召喚がうまく出来なくて、呼び出せた事が無いのです」
シリルの元に居た時に呼び出そうとしてみたが、上手くいかなかった。その為、結局魔法しか使えていない。
「師匠は召喚が苦手だからな。よし、私が教えてやろう。難しければ補助するから安心するといい」
何かを思い出したのか元帥は苦笑いすると、ディアーナの肩をポンポンと叩く。
「嬉しい!!ありがとうございます大叔父様!」
祖母は、はしゃぐ孫娘を見て嬉しそうに微笑む。
元帥は祖母の腰に手を置くと「ティアも見学しよう」と誘い、ディアーナとは手を繋いで歩きだした。
同行していたリナとステラ、そしてサラ達はまるで仲の良い親子のようなその光景に心を和ませる。
「離宮の留守番組にも教えてあげないと」
「そうね!みんな喜ぶわ」
そう言ってリナとステラはお互い笑いあった。