表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/200

78. 両親の死

「それで、明日からクルドヴルムに着くまで政務をお休みするから時間がかかったの?」


貴賓室のバルコニーに誘われたディアーナは尋ねた。


「そう。ディアーナとゆっくり過ごしたいのもあるけど、あそこに立ち寄りたかった」


ルーファスが示す先にセウェルスとクルドヴルムの国境を跨ぐようにして聳える山々と、山の間にぽっかりとひらけた空間がある。


「…俺が一度全てを失った場所だ」


懐かしむように目を細めたルーファスはポツリと言う。


ルーファスが全てを失った場所。

ーー両親と護衛達を失った場所だ。

あの視線の先にある、ぽっかりとひらけた空間は、元は山があった。ルーファスが魔力暴走を起こした際に破壊されたのだ。


「……昔、この場所で両親と未来の夢について話をしたんだ…」


ルーファスはそれだけ言うと、誘うようにディアーナに向けて腕が伸ばされた。

ディアーナは誘われるままその腕の中に納まると、ルーファスは目を閉じて語りだす。


「父は厳しかったけど俺にとって憧れで、母は全てを包んでくれる優しい人だった。…両親は仲が良くて、それこそ父は母に抱かれる俺にまで嫉妬するくらい母を愛していた」


ルーファスは両親との日常を思い出したのか小さく笑う。

懐かしむルーファスの顔はとても柔らかく、その表情を見ただけで幸せな毎日だったのだろうと容易に想像がつく。


「俺は…二人のようになりたい、そう言った。父のような立派な人になれるように、母のような素晴らしい女性を伴侶に迎えられるように…」


そう言ってルーファスはディアーナの右手の薬指にはめられた指をそっと撫でた。


「あの日、あの瞬間まで…俺達家族は幸せだったんだ」


泣きそうな顔をして笑うルーファスにディアーナの胸が痛む。


ルーファスの母は幼い我が子を庇って亡くなった。

昔、ルーファスと母が馬車の中で、父や護衛騎士は外で戦っていたと聞いた。山賊が馬車の中に居たルーファス達に刃を向ける事が出来たのは、恐らくルーファスの父や護衛騎士達は亡くなったか、大怪我を負っていたのだと思う。

ルーファスの魔力暴走が死因では無い、そう信じている。


(でも何故、召喚を使わなかったのかしら…)


かつて、ズメイは山賊を軽々と喰い殺した。クルドヴルムの王太子なら、また護衛騎士なら強かった筈だ。山賊程度であれば敵にはならないだろう。




ーーー暗殺




嫌な予感がしてディアーナはルーファスを見上げた。

哀しげに揺れる赤の奥に、静かな怒りが満ちている。


「…セウェルス…なの?セウェルスがルーのお父様とお母様を奪ったの?」

「違うと信じている。少なくともフランドル公爵やネヴァン公爵は違う」

「では国王は?あの人には影があるわ」

「それは……」





「違います。ルーのご両親を殺したのはセウェルスではありません」





言葉を詰まらせたルーファスの後ろから聞き慣れた声がして二人は振り向く。

夜風に揺れる白銀色の髪、紫の瞳。

二人は驚いて同時に叫んだ。


「パパッ?」

「師匠?!どうして此処に?」


突然バルコニーに現れたシリルはニコリと笑う。


「私の娘を拐かした男が居ると聞きましてね。陸路で帰国するのは私に対して後ろめたい事があるのかと思いましたが…」


シリルはディアーナの指に光る指輪を見て目を細め、二人の先に見える山々を見つめた。


「あの場所に立ち寄る為ならば仕方ありませんね」


そう言ったシリルは二人に視線を戻すと「少し長い話になります」と前置きをして語りだした。


「かつてセウェルスとクルドヴルムに和平が結ばれた際、両国からひとつの依頼を受けました。それが"魔力の無効化"です」


ルーファスとディアーナはお互いに顔を見合わせる。


「国境を隔てる山々に施す事で国境付近ではお互いの魔力を使って争う事が出来なくなる。…ルーのご両親が襲われた場所は丁度その国境付近でした」


シリルなら不可能は無いのかもしれないが、両国の国境を跨ぐように広大なサクルフの森があるとはいえ、それを除いても膨大な距離がある。

そんな事が可能なのか疑問が生じるが、その方法まではシリルから語られなかった。

その為、ディアーナは別の疑問をぶつける。


「幼い頃に国境付近で襲われた時は魔法が使えたし、ルーだって召喚できたわ。それにルーが来国した時は竜に乗ってきた。国境付近で無効化されるなら、どうして使えたの?」


ディアーナの疑問にシリルは目を閉じた。


「……我が子を失ったローゼの嘆きは深かった。ティアはその事を知って"魔力の無効化"を解除するよう私に願いました。…ですのであの後から無効化は解除されています」

「では…ルー達を襲ったのは…山賊だったの?」

「そうです。王太子は強く、騎士団も精鋭揃いでした。それでも数には敵わなかった。彼らが馬車に侵入を許したという事は、恐らくその時にはもう…」


シリルの言葉にルーファスの瞳が際限なく見開かれ、何かに耐えるように口元をひき結んだ。


「…何故、あの時教えてくれなかったのですか?」


ルーファスは小さな声でポツリと呟く。


ルーファスが苦しんだ"自分のせいで両親や騎士団を殺した"という後悔。

シリルも現場を見ていない。魔力暴走を起こす前に死んでいた可能性が高い事を示唆したのは、気持ちを慮っての事かもしれない。

だがルーファスの抱えている気持ちを考えれば、もっと早くに伝えてあげるべきでは無かったのか。


「……貴方に嫌われたくない。そう考えてしまった私の我儘かもしれません」


静かな声で告げるシリルの言葉にルーファスは唇を噛み締める。


「それでも、あの場所を訪れる事を決めた貴方に真実を伝える事にしました」


シリルの素直な気持ちを聞いても、ルーファスは心の置き場が見つからないのだろう。

ディアーナに回された腕が怯えるように震えている。

シリルもそれに気付いているのか自嘲した。


「…ディアーナ。ルーを頼みます」

「パパ?」


ディアーナが呼びかけた瞬間、シリルの姿は消えてバルコニーにはディアーナとルーファスの二人だけが残った。





「くそっ…言いたい事だけ言って消えやがって…。……誰が嫌うんだよ…嫌う訳ないだろ…」


俯いたルーファスの瞳からこぼれた涙が、パタパタとディアーナの顔にあたる。

ディアーナは黙ったまま、ルーファスの頭を抱え込むように抱きしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ