7. ディアーナは小さく復讐する③
セウェルス聖王国の先王は賢王として名高い。
50年間争いを続けてきたクルドヴルム竜王国と和平を結んだ事で有名だが、数ある改革の中でも魔法詠唱法の改革は、詠唱時間が大幅に短縮されるなど目覚ましいものであった
また先王は身分問わず能力に応じた配置を行う為に教育活動にも力を注いだ。
そのひとつが魔法詠唱について幼い頃から全国民が学ぶことである。
その際に不足する人手はクルドヴルムの協力を得ながら解消すると宣言し、従わない国民は子を虐待したとして罰則を与えるという厳しいものであった。
ディアーナはそれを知っていたので、敢えて他の目があるところで両親から言葉を引き出したのだった。
失言した両親は真っ青な顔で口をパクパクさせている。
それを白けた目で見つめながら、貴族達が集まる場で暴露されないだけありがたいとおもいな!とディアーナは思った。
「お父様、お母様、ほんとうなの?」
アナスタシアは両親を真っ青な顔で見つめた。
「いや、違うんだアナスタシア」
何が違うのか、父親はアナスタシアに向かい首を振った。
「でも…」なお食い下がろうとするアナスタシアに向かい、父親が怒鳴りつける。
「違うと言ったら違うのだ!!ディアーナ!!!出来損ないの癖に余計な真似をしおって!!!!」
初めて父親に怒鳴られたアナスタシアは、ビクリと肩を揺らすと怯えた表情で涙を流しはじめた。
母親はアナスタシアを抱きしめて「大丈夫よ」と慰めながら、恐ろしい形相でディアーナを睨み付けた。
本当に先王の子供とは思えない、単なる八つ当たりをする両親に心が冷えていくのを感じる。
ただアナスタシアに矛先が向くとは想定していなかったのでディアーナの胸が痛んだ。
もうすぐで終わらせるからね、ごめなさいアナスタシア。
ディアーナは心の中で謝罪しながら肩を上下させて怒る父親を見つめる。
「出来損ないで、ございますか…。出来損ないであれば法を侵しても親に罰は無いと仰るのですね。それを国王がお認めになるのですね」
「何を言っているのだお前は…」
ディアーナは立ち上がり、目の前で腰を下ろしたまま怒る国王を見下ろした。
「そのままでございますよ、陛下。陛下は出来損ないである子が悪いと、そう仰ったではないですか。ですが、子は勝手に産まれるのでしょうか。母親の中に宿った時もそこには嫌悪しか無かったのでしょうか」
母親はアナスタシアを抱く腕に力を込めた。
僅かにその腕が震えているのをディアーナは視線の端に捉える。
王族に子が出来る事は慶事。男子相続ならいざ知らず、この世界はそういった仕組みではない。
産まれるまで両親はディアーナの誕生を願わなかったのか。
「ディアーナは…両親の想像とは異なる姿で産まれた子は、信じる事も許されないのでしょうか」
父親は何を言っているのか分からないと訝しげな顔をし、ディアーナはまた哀しげに微笑む。
「わたくしは、それでも両親を信じておりました。朝から夜遅くまで魔法詠唱以外の学問を何度も繰り返されても。公の場以外はわたくしの事を無視していても。それでもディアーナは信じておりました。わたくしは愛されているのだと…努力していればいつかわたくしの事も見てくださると…」
ディアーナの頬を温かいものが伝う。
これはディアーナの涙。
両親から愛されていないと気付いていながら、それでも信じたかった、いつかは認めてもらえると…僅かな希望。
ディアーナの涙に父親はハッとしたような顔をする。
母親は気まずそうにディアーナから視線を逸らした。
「ですがこれで分かりました。わたくしは必要無い存在だと」
ディアーナは席を離れ、改めて両親に向けて優雅なカーテシーをした。
アナスタシアは母親の腕から顔をあげると「お姉様っ!」と泣き叫ぶ。
ディアーナはそれには返さず、カーテシーを維持したまま続けた。
「第一王女を正当な理由なく廃籍しては他に示しがつかないでしょう。第一王女が必要でしたらお呼び下さい。それ以外、わたくしは城を出て陛下達の目の入らぬ場所で暮らしましょう」
静かな瞳を国王に向けると、視線を逸らしながらも口元を緩めながら「分かった」と頷いた。
厄介者が視界から消える事に喜びを感じているのだろう。
今のディアーナに力があれば一発ぶん殴ってやりたい。
目の前で笑う男を心底軽蔑する。
「嫌っ!!お姉様!!!」
アナスタシアは母親の腕から逃れるとディアーナに向かって駆け寄ってくる。
ディアーナはカーテシーを解くと、アナスタシアを受け止めた。
「お姉様と遊べないのは我慢する!この時間だけで我慢するから、何処かに行ってしまわないで!!」
泣きながら縋り付くアナスタシアの頭をそっと撫でてやる。
「アナスタシア。わたくしは貴女が大好きよ。何処に居ても、いつも貴女の事を想っているわ」
それに…と、アナスタシアの耳元に口を寄せる。
「アナスタシアだけにはわたくしの居場所を教えるわ。侍女達に協力してもらって遊びにいらっしゃい」
アナスタシアだけに聞こえるようにそっと囁いた。
接点は少ないですが、立派で優しいお姉様なので、アナスタシアはディアーナの事が大好きです。