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73.出発の日

出発の日。


謁見の間の壇上に国王と王妃、そしてアナスタシアが立っている。

壇下には左に宰相フランドル公爵、右に聖騎士団長ネヴァン公爵が控え、入口から壇上まで真っ直ぐに伸びた敷物の両側に諸侯が並ぶ。

そして、ディアーナは敷物の上でカーテシーしたまま動けずにいた。


(何の嫌がらせかしら。クルドヴルム一行が来るまでこのままの体勢を維持しろって事?相変わらず最低なんだから!)


国王からの言葉があるまでカーテシーを解く事が出来ないディアーナは、悪態をつく。

シリルの元で修行し、こっそり騎士団の練習に紛れ込んでいたので、長い時間同じ体勢でいる事は苦では無いが、明らかに長い。

現に貴族達が何やら囁きあっているし、フランドル公爵、ネヴァン公爵も視線だけを国王に送っているから、おかしいとは思っているのだろう。

嫌がらせにしてもレベルの低さに呆れているところに、凛とした声が響く。


「陛下はベネット伯爵との別れを惜しんでいるようですので、私が代わりを務めます。楽にして良いですよ、ベネット伯爵」


業を煮やしたアナスタシアは国王の前に出ると宣言した。

王太子の命令によりカーテシーを解いたディアーナは国王夫妻をチラリと見るが、狼狽している様子から単純な嫌がらせだったのだろう。

現に、国王達の意図に気付いたフランドル公爵は眉をひそめている。


アナスタシアは数段ある階段をおりて、段下に立つディアーナの元へ駆け寄った。


「ベネット伯爵…いえ、お姉様。お戻りをお待ちしています」


そう言って、アナスタシアはディアーナを抱きしめた。

諸侯の前で流石にこれはマズイとディアーナは焦るが、何故か謁見の間の空気は弛緩し柔らかなものに変わっている。

諸侯はアナスタシアの行動を許容しているのだと判断し、ディアーナはそっと溜息をついた。


「本当は駄目なのよ」と、アナスタシアだけに聞こえるように指摘してから、アナスタシアを抱きしめ返す。


「ありがとうアナスタシア。向こうに着いたら手紙を書くわ」


アナスタシアの耳元でそっと囁いてから、抱きしめる腕に力を込めたところで、風を切るような羽音が届きディアーナは顔を上げた。


「なに?この音…」

「お姉様!外を見て、竜だわ!!」


嬉々としたアナスタシアの声に誘導されて窓の外を見たディアーナは息を止めた。







ーーードクン






心臓が激しく脈打ち、身体中から血が引くような感覚に陥る。




(ーーなんで竜がここに居るの!?)




窓の外に見えるのは竜に乗るクルドヴルムの竜騎士達。

その中にはかつてディアーナの生命を救ってくれた白竜、ズメイの姿もある。


(なんで…?……まだ駄目なの?)


この光景と同じものをディアーナは、いや…瑠衣果は知っている。


ズメイは悠然とバルコニーに降り立つ。

その背に乗るのはルーファスで、今日はクルドヴルム竜騎士団の正装を着用しているようだ。

ルーファスは軽やかにズメイの背からおりると、謁見の間に続く扉を開け放つ。


突然現れた竜と、バルコニーから現れたルーファスに驚き、波が割れるように引いた諸侯の間を抜けながら、真っ直ぐディアーナの元へ歩んでくる。





(…ゲームのオープニングだ!!!)





うろ覚えの部分が多いがゲームのオープニングはこうだ。

竜に乗ってバルコニーに降り立ったルーファスは、謁見の間に突然やってきた。

諸侯は驚き道をあけ、ルーファスは途中止めようとする騎士を何人か殺しながら真っ直ぐ国王達の元へ向かって来た。

そしてルーファスは無言でディアーナに手を伸ばし、荷物を持ち上げるように抱き上げると、また竜に乗りセウェルスを去る。


所々ゲームと現実は違う。だがサミュエルの話では帰国の際には馬車を使うと聞いていた。

だから今日の装いはドレス姿だし、何の心構えもしてない。

しかもルーファスにはゲームのオープニングは伝えていたから同じ事はしないと思っていたのに、何故…と疑問と不安がディアーナを襲う。



(まさかこれもゲームの強制力だと言うの?!)



緊張で震える手を握りしめたディアーナはルーファスを凝視した。


ルーファスもアナスタシアのように巻き込まれたのか。そんな訳ないと思いながらも、アナスタシアさえ変貌させた強制力を侮る事は出来ない。


ディアーナの様子に気付いているだろうルーファスは、姉妹の横で足を止め、国王に向けて礼をした。


「帰国のご挨拶に参りました」


ルーファスと国王が儀礼的な言葉を交わした後、国王はチラリとディアーナに視線を送った。


「ベネットが世話になる。よく学ばせてやってほしい」


僅かに青ざめているディアーナを見た国王は、クルドヴルム行きを恐れていると思い込みニヤリと笑う。


苛つくが、盛大に勘違いしている国王に反撃する余裕は無い。今は何よりルーファスが自分の意思で行動しているのかが気にかかる。


「お預かりいたします」


そう言ってルーファスは低頭した。

国王は満足気に微笑んでいるが、低頭する必要の無い場面で何故ルーファスがそうしたのか。理由が分からない諸侯に僅かな動揺が走る。


「"お預かりします"じゃなくて、"お姉様をいただきます"じゃない。お父様はどうして気付かないのかしら」


低頭の理由が分かったアナスタシアはプクリと頬を膨らませてルーファスを睨んだ。


「…ルーだ」


ディアーナはポツリと呟くと、身体の力を抜く。

目の前に立っているのはゲームの強制力では無い。ルーファス自身だとディアーナは今の行動で確信した。


きっとディアーナの考えている事を察したのだろう。下げる必要の無い場面にあえて低頭する事でディアーナへ教えてくれたのだ。


ルーファスはディアーナ達に向き直ると、アナスタシアに向けて型式ばった笑顔を見せた。


「アナスタシア殿。名残惜しい気持ちは分かりますが、あまり時間がありません。ベネット伯爵をお渡し頂けますか?」

()()でも離れる事が悲しくて、お姉様の温もりを堪能してしまいました。姉を愛する妹の我儘だとお許し下さいな」


見せつけるようにディアーナの身体に腕を絡ませたアナスタシアはニコリと笑う。


「優秀なアナスタシア殿にも"姉離れが出来ない"という課題があったのですね」

「まあ可笑しな事。家族愛は何より尊く美しいものです。姉を愛する事は、私の誇りですわ」


二人とも笑顔だが相変わらず目が笑っていない。

そして何故諸侯の前でこのような会話をしているのかディアーナにはサッパリ分からない。


「アナスタシア、気持ちは分かるがクルドヴルムに迷惑を掛けてはいけないよ」


諸侯の間から出てきたクリストファーは壇上の国王達に一礼すると、アナスタシアの耳元に顔を寄せて小さく諭した。

アナスタシアはまたプクリと頬を膨らませて不満気な表情を見せるが、渋々ディアーナの身体を解放する。


「…行ってらっしゃい、お姉様」


涙で潤む瞳でディアーナを見つめるアナスタシアの額に、コツンと自らの額を合わせると


「行ってきますアナスタシア。何処にいても貴女を愛してるわ」


その言葉にアナスタシアは満面の笑顔を見せた。

ディアーナも微笑み、ルーファスに向き直り頭を下げた。


「よろしくお願い申し上げます」

「歓迎しよう。ベネット伯爵」


ルーファスは感情をのせない声で応える。

目の前に立つのがルーファス自身だと分かっているせいか、その冷たい声にディアーナの胸が痛んだ。

アナスタシアと会話していた時の方が淡々とした中にも感情がこもっていた気がする。

国王の前だから演技するのは分かるが、演技でも辛いものなのか、ディアーナは自分の気持ちが解らず俯いた。


「元気でやれよ。ベネット卿!!」


クリストファーの明るい声でディアーナは我に返り顔をあげた。

クリストファーの隣にはいつの間にかハリソンも立っている。


「ディアーナ。俺は…俺達はどこに居てもディアーナを応援してるから」


クリストファーの隣に立つハリソンはクシャリと顔を歪めて泣き笑いの表情を浮かべた。

ディアーナは両腕を大きく広げると、クリストファーとハリソン、その中心に立つアナスタシア、3人をまとめて抱きしめた。

3人とも実際は違うと認識しているとはいえ、周囲には"淑女の鑑"と思われているディアーナの突飛な行動に固まり、諸侯は呆気にとられている。


「行ってきます。みんな大好きよ」


クリストファーとハリソンはディアーナの髪色を知っても態度を変えなかった。それどころか騎士団見習いの潜入を手伝ってくれるなど、ルーファスの次に出来た友達といって良い存在だ。

突然の婚約者宣言には驚いたが、それでも友情が変わる事はない。


クルドヴルム行きは恐らく片道切符だから、3人と会えるのがいつになるか分からない。それが悲しくて泣きそうになったディアーナは必死に笑顔をつくった。


(大丈夫。また会える)


そう誓って3人を解放すると、まずは壇上に立つ国王夫妻。それからフランドル公爵、ネヴァン公爵。最後に諸侯達に向けて、寸分の隙もない優雅で美しい礼をする。


「では、行きましょう。ベネット伯爵」


ルーファスは苛つきを隠さない声音でディアーナに声を掛けると早足で歩き出した。

慌てて追うディアーナを見送った3人はお互いの顔を見合わせる。


「ルーファス様って、本当に心が狭いわ…」

「…アナスタシアが同じ事をしたら俺も嫌だから、陛下の気持ちは解る」

「俺、最後陛下に睨みつけられたんだけど…。何で?」


顔を寄せ合い囁き合う。

ひとつ言えるのは、と残念そうにアナスタシアは溜息をついた。




「悔しいけど、お姉様は愛されてるって事ね」




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