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67. アナスタシアの異変

国王の意向もありディアーナの遊学はクルドヴルム一行が帰国する日と合わせる事になった。

帰国まで2日しかなく、臣籍降下の儀式は明日、その翌日にはクルドヴルムへ出立する。

その為、ディアーナの部屋では侍女達がバタバタと荷造りに追われており今も騒がしい。

ディアーナも手伝おうとするが侍女達に全力で止められ、テラスでアルとのんびりお茶をするくらいしか出来ない。


「ディアーナ様。王太子殿下がお見えです」


侍女の声にディアーナはティーカップを置いて振り向き…目を見開いた。

慌てて立ち上がりアナスタシアの元へ駆け寄る。


テラスへ案内されたアナスタシアの表情は暗く、泣きはらしたのだろう目元は、赤く腫れ痛々しい。

ディアーナはアナスタシアの顔を包み込んでから、心配そうに眉を下げて覗き込んだ。


「…行かないでお姉様…」


その声は小鳥のように高く明るいアナスタシアの声とは思えない程に掠れ、まるで老婆のよう。そして深い紫の瞳が悲しみに覆われている。


「クルドヴルムに行かないで…ずっと私と一緒に居て…私の側に居て…」


独り言にも聞こえる言葉を紡ぎ、瞬きをするたびにアナスタシアの瞳から涙が溢れ落ちた。


接点が殆ど無い時から今もまだ、ディアーナを慕ってくれる可愛い妹。孤独だった幼少時代の救いでもあり僅かな嫉妬を覚えた、汚れを知らない陽の光のようなアナスタシア。

この遊学は片道切符のようなものだが、全く戻れないという訳じゃない。フランドル公爵が臣籍降下を通したのも、セウェルスに戻った時の居場所を作ってくれたのだろう。

戻らないとしても会えない訳じゃないのだ。

それなのに永遠の別れみたいに嘆く理由がディアーナには理解出来なかった。


「泣かないでアナスタシア」


アナスタシアの背に腕を回して抱きしめる。

ポンポンとあやすように背中を軽く叩きながら、もう片方の手でアナスタシアの頭をそっと撫でた。

ディアーナの肩に頭を置いたアナスタシアは嫌々するように首を振る。


「そんなに悲しまれると、わたくしまで悲しくなってしまうわ」


それでもアナスタシアは泣く事をやめない。

どうすれば泣き止んでくれるのか、普段と違うアナスタシアの様子に困ったディアーナは眉を下げた。

そんなアナスタシアを不思議そうに眺めていたアルが「キュウ?」と鳴くと、アナスタシアの肩がピクリと揺れる。

そうしてゆっくりと顔をあげたアナスタシアはポツリと呟くように



「…クルドヴルムへ行ったらお姉様が居なくなってしまう気がするの…」



と、ディアーナに告白した。

ディアーナは唖然としてアナスタシアを凝視するが、アナスタシアはそれに気付く事なく目を閉じて涙を流す。


「…王となった私の隣にはクリスが居て、宰相のハリソンと、公爵夫人になったお姉様が支えてくれる…ずっとそうなるって思ってたの。なのにお父様が…ルーファス様が……それを壊してしまった…」


はらはらと泣き、しゃくり上げながらアナスタシアは語る。


「お姉様の笑顔が大好き。幸せになって欲しい….。だけどクルドヴルムはダメ……あの国に行ったらお姉様は死んでしまう…」


そこまで聞いたディアーナはアナスタシアの肩に手を置き、真剣な顔でアナスタシアに問う。


「アナスタシア。貴女…何を知っているの?わたくしがクルドヴルムへ行くと死ぬって…どうしてそう思うの?」


ディアーナの恐れる未来。それをアナスタシアが知っている可能性に衝撃をうけ、問い詰めるようになってしまった。

アナスタシアは大きく目を見開くとかぶりを振る。


「…わからない……。わからないけど、そう思ってしまうの。怖くて、恐ろしくて…だからお父様にもお願いしたし、ルーファス様にもお願いした…。だけど二人ともダメだって。お姉様が死ぬかもしれないのにダメだって言うの」


「アナスタシア?」

取り憑かれたように怯えるアナスタシアに違和感を覚えた。

嫌な予感にディアーナの心臓が早鐘を打ち、喉の奧が干上がるように感じる。




「…お姉様は渡さない…」




アナスタシアは泣き腫らした目を吊り上げ怨嗟の表情で低く囁いた。


ゾクリとディアーナの背筋が凍る。

焦ってアナスタシアの名を呼ぶが、アナスタシアには聞こえないのか身体を揺さぶっても反応を示さない。


クルドヴルム行きが全て平穏に終わるとは思っていなかったがこんな酷い事があるか。そうしてまで戦争を起こしたいのか。朗らかで優しいアナスタシアが鬼のような表情をして、こんな…


(こんなのがゲームの強制力だっていうの?!)


「アナスタシア!目を覚ましてわたくしを見て!!」


ディアーナの叫びに異変を感じたのか、部屋の中で荷造りしていた侍女がテラスへ飛び出して来た。

棒のように立つアナスタシアと真っ青な顔をしてその名を呼ぶディアーナに慌てて近付こうとするが、


「…来ないで…。私とお姉様に近付かないで…」


反応を示さなかったアナスタシアがギロリと侍女を睨みつけた為、侍女は動けなくなる。


「お姉様…。私、考えたの」

「……何を…」


アナスタシアは幽鬼のような表情をしながらうっすら微笑む。




「ルーファス様さえ居なければ、お姉様はセウェルスに居られるでしょう」



「……アナスタシア…貴女、何を言ってるのか分かっているの?」


あまりの衝撃に震えが止まらない。

アナスタシアは「分かっているわ」と空を見上げた。


「もう遅いの。だって私は決めたのだもの…」

見上げた顔をゆっくりと戻してディアーナに告げる。


“もう遅い”の意味にバクバクと心臓の音が鳴り響く。

考えなくても分かる。それが示す意味はひとつだけだ。


「アナスタシア!ルーをどうするつもりなの?!」

「私は王太子だよ。王太子が持つ力を知ってるでしょ」


ディアーナは全身に鳥肌が立つのを感じた。


ーーーセウェルスの影。

国王と王太子だけが使えるセウェルスの暗部。

各国の諜報活動だけでなく、時には暗殺をも担う。

それをルーファスに放ったというのか。



「止めて…。わたくしはここに残るから…だからルーを殺さないで」



震える声でアナスタシアに願うが、アナスタシアの表情は変わらない。





「……無理だよ…。もう遅い」






その言葉の後、爆発音が鳴り響いた。


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