66. ディアーナの誓い
「申し訳ございません!!!」
翌朝ルーファスの元を訪れたディアーナは、部屋に入って早々リアムに謝罪された。本当に申し訳ないと思っているのか、床につきそうなくらいに頭を下げている。リアムの右手には頭を押さえつけられたルーファスが一緒に頭を下げる形になっていた。
「ディアーナ様を騙す形になっただけでなく、この馬鹿が狼藉を働き大変申し訳ございません!」
ディアーナは昨夜の事を思い出して頬を染めるが、振り切るように首を振る。
突然、しかも人前でされたのには驚いたが、掠める程度のあれをキスと呼んでいいのか。ディアーナにとってはファーストキス。あのような形で奪われるのはゴメンだ。それだけは怒っている。物凄く怒っている。
ーーでもルーファスが自分に触れるのは嫌ではなかった。ルーファス以外が触れるのを想像するだけで鳥肌が立つから、ルーファスは特別なんだろう。
(家族みたいだから嫌じゃなかったのかな?)
ディアーナは斜め右に思考し、きっとそうだと一人納得をした。
「ルーは家族みたいなものですから…気にしません」
ディアーナの言葉に嫌な予感がして、視線だけルーファスに送ったリアムは喉の奥を「ヒッ…」と鳴らす。
頭を下げたままのルーファスから怒りにも似たオーラが発せられると、ギギギと機械のように顔をあげた。
その顔には笑顔が張り付いているが、
「ディアーナが家族みたいと言うなら、本当の家族になれるよう既成事実でも作ってしまおうか?」
無機質に語られるそれにリアムは恐怖し、ディアーナはキョトンと首を傾げる。
「既成事実?」
「ああ、何なら今からでも良いぞ」
「こらー!!この馬鹿君主に鈍感姫!問題を起こすのは止めて貰えます⁈」
三人のやり取りを側で眺めていたサミュエルは呆れたように溜息をついて、足元を撫でるように体を擦り付けているアルに目をやった。
『触れないで頂けますか?私はあなたが嫌いです』
同時にアルの尻尾を踏みつけようと足を落とすが、寸前でアルは逃げる。サミュエルは舌打ちすると忌々しそうにディアーナの元へ戻るアルを見送った。
「それで、わたくしをクルドヴルムへ連れて行く計画を立てたのはどちら?」
ディアーナは腰に手をやって鼻息荒く憤る。
長椅子に並んで座っているルーファスとリアムは顔を見合わせると、恐る恐るルーファスの手が挙がった。
それを確認すると紫の瞳を吊り上げてディアーナは無言でルーファスを睨みつける。
「ディアーナを騙す結果になったのは、ディアーナが嫌がると思ったからだ。ディアーナの懸念はクルドヴルムに赴く事、それにより戦争が始まる事だった」
ルーファスはディアーナを真っ直ぐ見てから告げる。
「だからディアーナのクルドヴルム行きはセウェルスが望む形にする。さらに正式な書面を交わす事でより強固なものとした」
「クルドヴルム行きでわたくしが死んでも?」
「ディアーナ。攫われるのと命令で赴くのとは違う。万が一、国王の考えが変わっても今の宰相と騎士団長なら戦争になる事は無いだろう」
「…では、わたくしの臣籍降下の件は?」
「それはフランドル公爵の案だ」
「ベネット領は離宮がある場所なんだろう。フランドル公爵から国王に提案していた。ディアーナが言ったように臣籍降下する事で価値を下げ、護ろうとしたのだろうな」
そう言ってルーファスは微笑む。
ルーファスに反してディアーナの表情は暗い。
「…わたくし、不安なの」
ディアーナはポツリと告げると、ドレスを握りしめて俯いた。
攫われる訳ではなく、周りの理解を得てクルドヴルムへ赴く事になったが、ゲームの強制力が働けば戦争は起こってしまう。
それにロスタム獣王国の使者が教えてくれた事も気に掛かる。
「ディアーナ、俺を見て」
鬱々と考え事をしていたディアーナにルーファスの声が降ってきた。
いつの間にかディアーナの隣に移動してきたらしい。
「あの時の約束をもう一度しよう」
そう言ってルーファスは跪く。
ドレスを掴んで離さないディアーナの手を、指を一本一本解くように開くと、両手で包み込んだ。
「ディアーナは俺の光だ」
そう言ってディアーナの手の甲に唇を落とす。
「俺がディアーナを護る」
7年前。まだ少年だったルーファスがディアーナへ誓った言葉。
あの時と同じように誓ってくれるルーファスを見下ろしたディアーナは口を引き結ぶと、ゆっくりと膝を折る。
繋いだ手からルーファスの想いが伝わってくる。
昔もそして今もルーファスが居てくれれば大丈夫だと、そう思わせてくれる優しい手。
(何をグズグズと考えていたんだろう。怖がってたんだろう)
「ルー…。わたくしも貴方に誓うわ」
ディアーナはルーファスに身体を寄せるようにすると、鼻先まで顔を近付ける。
「貴方がわたくしを護ってくれるように、わたくしも貴方を護る」
そう言ってルーファスの額にそっと口付けた。