61. 真紅のドレスと赤髪のハリソン
セウェルス建国祭の夜会。
目の前には腕を組んだアナスタシアとクリストファーが立っている。
ディアーナと腕を組み隣に立つのはハリソンだ。
まだ婚約者である事は公になっていないが、ディアーナのエスコート役が居ない為、再従兄弟のハリソンが充てがわれた。
アナスタシアとクリストファーは穏やかに対話をしているが、ハリソンの顔色は優れない。
「嫌なら断れば良かったでしょう。わたくしは一人で入場出来てよ」
ディアーナは横目でハリソンを見ながら溜息をついた。
ハリソンの淡い恋心に気づかないディアーナは、エスコート役が嫌なのだと判断した。
会場に気になる女性が居るならエスコート役は要らないとハリソンに伝える。
背後に立つハリソンの嘆きを背中で感じながら、アナスタシアとクリストファーは顔を見合わせる。
「会場にいらっしゃるルーファス様が怖いだけなのに」
「それでもエスコート役に立候補したんだ。ハリソンの頑張り…恋心にディアーナは気づくのか?」
後ろの二人に聞こえないよう顔を寄せ合いながら小声で会話するが、ハリソンは二人の会話が手に取るように分かった。
「嫌じゃない…。良く似合ってるよディアーナ」
気持ち的には魔王に喰われる前の小動物な感覚だが、ディアーナと腕を組むのは初めてなので嬉しさも大きい。
ディアーナは基本的に淡い色合いのドレスを着用する事が多いが、今日は珍しく深紅のドレスだ。
身体の線が良く分かるマーメイドラインで、ビスチェタイプのネックデザインはデコルテから背中まで大きく開いている。また白銀色の髪は高く結い上げられており全体的に大人びたデザインになっていた。
ハリソンには刺激が強いドレスで目の遣り場に困ってしまうのが難点だが、赤髪の自分に合わせてくれたような錯覚にも陥ってしまう。
「ふふっ、ありがとうハリソン。侍女に勧められたから着てみたけど、褒めて貰えて嬉しいわ」
婚約者騒ぎではディアーナが珍しく激怒したが、それよりもクルドヴルム国王に求愛された衝撃の方が大きかったのか、次に会った時にはいつものディアーナだった。
今も笑顔で礼を言うディアーナにおかしな点は無い。
そう考えているうちにアナスタシアとクリストファーは入場したようで、会場が歓声に包まれている。
「さあ、参りましょう」
ディアーナの張り切った声を聞き、ハリソンは言い様の無い不安に襲われた。
名を呼ばれたディアーナとハリソンが入場する。
珍しい組み合わせに会場の面々は驚くが、それ以上にディアーナの普段とは異なる美しさに心を奪われたようだ。
アナスタシア達を迎えた歓声はピタリと止み、溜息のような感嘆の声だけが漏れている。
ディアーナは動揺する事も無く、いつもの穏やかな微笑みを浮かべながら、真っ直ぐ自分の場所へ歩みを進めた。
だが、正面から向かって左側に座っているルーファスの姿を認めた時、初めてディアーナは微笑みの表情を解き、驚いたように目を見開いた。
組まれた腕から動揺が伝わったハリソンは、視線だけディアーナに送る。
言葉には出されていないが、ディアーナの口は”何でいるの”と動いているようだ。
「ディアーナ?」
「どうして彼が、クルドヴルム国王陛下がいらっしゃるの?」
ディアーナに見上げられたハリソンは困ったように肩を竦めた。
「陛下が招待して、急遽決まったらしい。普通夜会の参加者はセウェルスだけなのに珍しいよな」
聞かされていなかったディアーナは唖然としているが、ハリソン自身は魔王から放たれる殺気に竦みそうだ。
それ以上に普段とは違う様子のディアーナを放っておく事は出来ないと、自らを鼓舞してディアーナをエスコートしつつ定位置まで連れていくと、ハリソンはその隣に立つ。
チラリとディアーナを見るが、ディアーナの意識は魔王に注がれておりこちらには無い。
ハリソンは僅かに痛む胸に苦笑しながら、そっと目を伏せた。
「何で俺以外にエスコートされた挙句、あんな露出度の高いドレスを着ているんだ。リアム、ディアーナの肌を誰にも見せるな」
賓客用の椅子に腰を下ろしてディアーナの入場を見守っていたルーファスはイラつきを隠せず、すぐ隣に控えるリアムに指示をする。
リアムは穏やかな顔を貼り付けながら、口だけを小さく動かした。
「お前馬鹿なの?そんな事出来る訳ないし、あれは元々作戦だろ。いちいち不満を言うな」
誰にも聞こえていないが、辛辣に言い含める。
ルーファスは小さく舌打ちすると、長い脚を組んでから腕組みをした。
ルーファスの動作に周りの女性達から溜息が漏れるが、女性達の熱い視線を全く意に介さず、ルーファスの視線はディアーナだけに注がれている。
「お前がディアーナ様に興味を示しているのは皆知ってる。これ以上は誤解を生むから見つめるなら後にしてくれ」
リアムが少し身を屈めて指摘すると、溜息をついてディアーナから視線を外した。




