5. ディアーナは小さく復讐する①
「アナスタシア。ディアーナは勉強で忙しいんだ。残念だがアナスタシアと遊んでいる時間は無いんだよ」
父親は引きつった笑顔を引っ込めると、如何にも残念そうな顔をしてアナスタシアを諭す。
父親の言葉で、残念そうに眉を下げるアナスタシア。
「あら構いませんわ、お父様」
パァッと顔を輝かせたアナスタシアに対し、両親は狼狽した。
それはそうだろう。今まで口答えせず、ただ空気のようにこちらから語りかけるまで言葉を発さない娘が自分の意思を述べたのだ。
「いや、お前は次期女王として帝王学を学ばねばなるまい。アナスタシアと遊んでやる時間は無いだろう」
まあ、とディアーナは扇の代わりに口元に手を寄せると目を細めた。口元は弧を描いている。
「心配ありませんわ。わたくしが一人きりで居る時間に遊びに来てもらえば良いのですから」
「本当?お姉様」
アナスタシアは大きな目を見開きキラキラと輝かせていた。
ディアーナはアナスタシアに微笑むと、改めて父親に向き直る。
「いいえ、駄目よ!もし一人でいる時間があるなら、その時間も勉強しなければいけません。アナスタシア残念でしょうがお姉様は忙しいの」
「あらお母様。それは違いますわ」
慌ててアナスタシアを諭す母親に視線だけ送ると、ビクリと肩が揺れ忌々しそうにディアーナを睨みつけてきた。
それが娘に対する母親のやる事かしらね。
ディアーナは内心憤るが、口元は笑顔のままだ。
「だってわたくしはまだ王太子候補でしかありませんもの」
実際ゲームでディアーナは死亡するので、即位するのはアナスタシアだ。
それ以前にセウェルス聖王国では王太子になる為の儀式がある。
神の庇護を受けるとされるセウェルス聖王国の次期国王が立太子する為には神に選ばれる必要がある。
『神託の儀式』と呼ばれるそれを通過して初めて、第一王位継承者である王太子になれるのだ。
ディアーナの年齢であれば既に通過すべき儀式を、ディアーナは行っていない。
アナスタシアも意外だったらしく父親を見つめる。
母親は狼狽しながら顔をそらし、父親は焦っているのか唾をゴクリと飲み込む音がした。
どうせ適当な時期を見計らってアナスタシアに儀式を行わせるつもりだったんでしょう。
正直女王には興味も無いからどうでも良いけどね。
最優先は生き延びる事だし。
「まあ不思議。まさか儀式を通過していないわたくしが王太子だと思っていらっしゃったのかしら?」
「違う!其方にはしかるべき時を見計らって儀式を行う予定だった」
慌てるように否定する父親の姿に笑い出しそうになるのを抑えて、あえて周りに控える護衛騎士や侍女達にも聞こえるように大きな声でディアーナは言う。
「ええ分かっておりますわ、お父様。わたくしが王太子に相応しくないから儀式を行わないと」
優雅に頷きながら肯定すると、困ったように眉を下げた。
「ですがわたくしは心配です。今は同じ候補であるアナスタシアにもわたくしと同じだけの教育を施すべきなのではないでしょうか」