53. 4年振りの再会
再会の喜びに心臓が高鳴り、最後の記憶よりもずっと大人びたルーファスの姿に様々な感情が爆発して、目の奥が熱い。
ルーファスは真っ直ぐ国王達へ歩みを進め、国王達も立ち上がりそれを迎えた。
慌ててそれに続いたディアーナだが、どうにも足に力が入らない。震える足を堪えながらどうにか、体裁だけは整えた様子に気付いたアナスタシアが心配そうに見つめている。
「よく来てくれた。貴方に最後にお会いしたのは…」
「ーー9年前です。長らくご無沙汰をしておりました」
「いや、クルドヴルムも重要な方を亡くされ大変だっただろう。…母上は…」
最後の言葉は囁くように低められる。
ルーファスは小さく頷くと「息災です」と言葉少なく返答した。
王妃とも言葉を交わしたルーファスは、続いて王太子であるアナスタシアに挨拶する。
二人とも不穏な空気を出す事なく、儀礼的な挨拶を交わした。
次は自分だと思うと泣き出したくなる。
ルーファスを見ないように、涙が溢れないように目を閉じて俯いたディアーナに、ルーファスの気配がゆっくり近付いてくるのを感じた。
折角ルーファスに会えたのに、心臓の音だけが頭の中に響くだけで、他は真っ白だ。
「ディアーナ第一王女」
囁くように甘く低い声でディアーナの名が呼ばれた。
公式の場とは理解しているが、余所余所しい呼び方なだけで胸が痛くなる。
(会えて嬉しいと挨拶したいのに!!)
「陛下。姉は体調が優れないようです」
顔を上げられずにいるディアーナにアナスタシアの手が触れる。
温もりを感じた方を見ると、不安気に見つめるアナスタシアの顔があった。
余程顔色が悪かったのか、アナスタシアも顔色を変えるとクリストファーとハリソンの名を呼ぶ。
呼ばれた二人はディアーナとアナスタシアの異変に気付き駆け出すが、制止するように挙げられた手を見て動きを止める。
「私が連れて行こう」
挙げた手を下ろしたルーファスの静かな声にアナスタシアは目を見開いた。
ディアーナを空気扱いしている国王達も、ルーファスの言葉に驚く。
「私が姫を驚かせてしまったようだ。謝罪をしたいので私が別室へ連れて行こう」
「ルーファス様、流石にここでは…」
声を潜めてアナスタシアが指摘するが、ルーファスは意に介さずディアーナの身体を抱き上げる。
クルドヴルムの国王が、セウェルスの王女を抱き上げる光景に会場が騒ついた。
ディアーナを抱き上げたまま国王夫妻に頭を下げると「案内してくれ」と、近くに立つ護衛に声を掛けた。
クリストファーとハリソンは顔を覆ったディアーナと、それを抱き上げたまま歩くクルドヴルムの国王をポカンと見送る。通り過ぎた後、二人で顔を見合わせて「ウソだろ」と同時に呟いた。
長い廊下に響くのは誘導する護衛と、ルーファスの足音だけ。
ディアーナの耳にはルーファスの呼吸と心臓の音だけが聞こえる。
「ディアーナ」
ルーファスが囁くように名を呼ぶ。
いつもの、懐かしい呼び方に胸が熱くなる。
ルーファスはディアーナの身体を支えている方の腕の位置を変え、自身の肩辺りにディアーナの顔がくるよう調整する。
「ディアーナ、会いに行けなくて済まない」
ディアーナは顔を覆ったまま、首だけ振って否定した。
ルーファスが会いに来られなかったのは、クルドヴルムが大変だったからだ。そんな中でも手紙だけは欠かさず送ってくれたのに、謝ってもらう必要は無い。
ルーファスは前を歩く衛兵に向かって「外の風に当てる」と言うと、方向転換して庭園に足を向けた。
ディアーナは顔を覆ったまま、ルーファスはそれ以上なにも語らず無言だ。
やがてディアーナの身体を柔らかい風が撫でるのを感じ、ルーファスが外に出た事を把握した。
ルーファスは近くに立つ東屋を見つけると歩みを進め、ディアーナを下ろす事なくベンチに腰を下ろす。
ルーファスは未だに顔をあげないディアーナに眉を下げて微笑むと、独り言のように語り始めた。
「学園に通っている時も、お祖母様が亡くなった時も、ディアーナの事だけが頭にあった。余計な者を排除し、自らを絶対だと思わせる事を最優先で取り組んできた。だけど…」
ルーファスはディアーナの頭を引き寄せると自分の頬で撫でるように触れる。
「気丈なディアーナだから手紙には一切弱音は書かれていないが、辛い事だって沢山あった筈だ。必ず側に行くって約束したのに、守れなかった」
後悔の念を滲ませながらルーファスは吐き出した。
ディアーナに触れている身体も震えている。
(違うのに…私は…)
そろりと両手をおろして、少しだけ顔をあげると懐かしいルーファスの顔がすぐそこにあった。
黒髪は夜の闇に溶けるようで、赤い双眸だけが熱を持ってディアーナを見つめている。端正な顔立ちはそのままだが、最後に会った時よりも凛々しい。
「…寂しかった」
呟くように告げたその言葉で、堰を切ったようにディアーナの瞳からは大粒の涙が溢れた。
「ルーと会えなくて寂しかった。もう会えないかもしれないと思うと悲しかった。そう考えるだけで苦しくて、とても辛かった。
ルーが大変なのは分かってる。だから会いにも行かずに我慢してたけど…」
ディアーナはボロボロ子供のように泣きながら、我儘を言うようにルーファスの胸を何度も叩く。
ルーファスはディアーナの背中を撫でながら「ディアーナ」と、耳元で囁いた。
「俺もずっと会いたかった」