閑話② ルーファス・ロイ・クルドヴルム
クルドヴルムは主要都市に学園を設立し、10歳になると皆等しく学園に通い勉学に励む。
その中でも王都にあるバーベル学園は、貴族か優秀な成績をおさめる平民、正に選ばれた者だけが通う事の出来る場所であった。
そのバーベル学園に3年程遅れてクルドヴルムの王太子が入学したと知り、皆ざわめく。
我先にと王太子が到着した広場に向かう生徒達。
王族の馬車からゆっくり降り立った少年を見て、皆言葉を失った。
王太子の両親が亡くなった事故で彼は王色を失ったと皆聞かされていたが、入学してきた彼の瞳は燃えるような赤。そして闇を思わせる黒。
まだ少年でありながらも気品と風格を漂わせている。
「ルーファス!!」
名前を叫びながら人垣を掻き分けて茶色の頭が飛び出してきた。
転がるように飛び出した友人を見て、ルーファスは僅かに微笑む。
「久し振りだね。リアム」
名を呼ばれたリアムは体勢を整えてから顔をあげるが既に涙でグチャグチャだ。
お前、と何度も繰り返しながら、周りを気にする事なく大泣きするリアムの肩にルーファスは手を置いた。
「おばあ様から全部聞いた」
ルーファスが大切なものを失った時、ルーファスに会おうと毎日城を訪れていたリアム。あの時は幼い頃からの友人だったリアムをも拒絶した。
それでも諦める事なく毎日城にやってきた目の前で大泣きする友人にルーファスは心から感謝する。
「ありがとう。…ただいま」
リアムは目を大きく見開くと、涙か鼻水か分からなくなった顔をゴシゴシ拭いてからヘニャリと笑う。
「おかえり!ルーファス!!」
ルーファスはリアムのグチャグチャな状態を気にする事なく、首に腕を回して抱きしめた。
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「それでだ。このままだと、俺が疑われる」
「何がだ?」
学園の執行会役員室でリアムは憤然としている。
ルーファスは手元にある手紙に目を落としたまま、面倒くさそうに返した。
「いいか。学園は勉学を学ぶ場でもあり、生涯の伴侶を探す場でもある。学園には国中の貴族令嬢が集まって、殆ど全てがお前狙いだ。わかるか?」
ルーファスは興味無さげに手紙に目を落としたままだ。
リアムは肩を怒らせながらルーファスが座る机の前に立つと、両手を力強く叩きつけた。
「言い方は悪いが選び放題なんだ!!それをお前はこの一年、並居るご令嬢の誘いを無視する挙句、儀礼的な対応だけで彼女達を見ようともしない。お前が誰か選んでくれないと、ご令嬢達も諦めがつかないし…」
ここでリアムは言葉を切り、悔しそうに呻く。
「お前は男色なんじゃないかと噂になっている」
ルーファスは呆れて溜息をついた。
そうしてようやく視線をあげると、リアムを真っ直ぐに見つめる。
「言わせたい奴には言わせておけばいい。俺は只一人を決めている。ただでさえ多忙なのに、彼女以外を考える余裕は無い」
有無を言わせないルーファスの様子にリアムは唸る。
ルーファスの想い人はセウェルスの王女だと聞いた。
魔力と瞳の色を失ったルーファスを元に戻すキッカケをくれた恩人だと、リアムも心から感謝している。
「せめてご令嬢達を上手くあしらってくれよ。じゃないと俺のシャーロットがご令嬢達に問い詰められて大変なんだ」
「シャーロット嬢が?何故お前の婚約者が問い詰められる必要がある?クロエなら分かるが」
「クロエの性格を考えろよ。言っても返り討ちに遭うだけだし、立場的にあいつが一番お前に近いから流石に言えないだろう」
リアムには2つ下の妹が居る。王家とルーファス自身は何も宣言していないが、周りから見れば身分と年齢からレスホール公爵家令嬢クロエが王妃候補の筆頭なのだ。
クロエとしては全くそのつもりが無く、勝手に噂されてウンザリしてしているらしい。
「では俺にはディアーナしか居ない事を宣言すればいいか」
そう言ってルーファスは読み終えた手紙を大事そうに引き出しにしまう。
「あのさ。王女殿下はルーファスの気持ちを知ってるの?国王陛下の承諾は取ってる?」
「国王陛下には伝えている。彼女には…それとなく何度も伝えているが気付いてもらえない」
「それ…、ダメなやつじゃ…」
「うるさい!次に会った時はきちんと伝える!!」
リアムの指摘にルーファスは珍しく声を荒らげた。
彼女の態度を思い出しているのか、肘を机について呻くように両手で顔を押さえている。
「ルーファスってさ…いつも冷静で何でも出来るのに王女殿下の事になると」
「なんだ、ハッキリしないとか言いたいのか」
違うと言ってリアムは緩やかに首を振る。
指の隙間からリアムを見るルーファスにリアムは嬉しそうに笑った。
「ーー途端に人間らしくなる。王女殿下はルーファスが自分で居られる唯一の人なんだと思うよ」
リアムの言葉にルーファスは顔をあげると恥ずかしそうに横を向く。
「当然だ。彼女が居るから今の俺が居る」
そうしてリアムに視線だけ戻すと
「彼女が居て、ーーお前が居てくれれば、俺は誰よりも幸福な王になれるだろう」
そう言って僅かに口元を緩ませた。