50. ディアーナとルーは約束する
眠っていた間に全てが終わっていた祖母は驚き、祖母に宛てられた祖父の手紙を見て、声をあげて泣いた。
側に元帥がついていたので、ディアーナとルーは寝室を後にする。
「あれで良かったの?ディアーナとの話を聞いてたら…やっぱり腹が立って。僕がセウェルスに戦争を起こすんだったら、多分あの国王が許せないからだと思う」
真顔でルーに言われ、ディアーナは焦る。
「戦争が起きたら死んでしまうわ」
ディアーナに言われて、ルーは顔を顰めながら悔しそうに横を向いた。
(まあ、親子の関係がここまで拗れてたらね)
あのあと、国王は渋々了承した。
多分ディアーナの継承権放棄が大きかったのだろう。
ゲームがどう進んでいるか判らないが、元々ディアーナは国王になる気が無い。アナスタシアは立派な王になる事がゲームでも確約されている。
だから丁度良かった。
国王の出した条件は、この降嫁をセウェルスには周知しない事。諸侯だけに展開する事だった。
それも祖父の想定内で、どうやら誓約書を交わした段階で主だった諸侯との承諾も取れていたらしい。
諸侯達に宛てられた手紙はシリルに頼んで配達済みだ。
その後、国王達は祖母が眠っている事を知ると、問題無いなら良いと祖母の顔を見ずに帰城していった。
全て祖父の指示通りに動いただけだが、祖母と元帥の件が解決したということは
ーーディアーナはルーの手を握る。
「クルドヴルムに帰るのね」
いつも一緒に居たルーがクルドヴルムに帰城する事を考えて胸が苦しくなる。
「ディアーナ。僕は立派な国王になれるよう頑張るよ」
ルーは真っ直ぐディアーナを見る。
真っ赤な双眸が静かな強い意志を込めてディアーナを捉えてから、ディアーナに跪く。
「国王になって、僕がディアーナを護る」
騎士が誓うのと同じ様に、ルーはディアーナの手の甲に、そっと口付けした。
ディアーナはポカンと口を開けたあと、手の甲から熱が全身にまわるのを感じた。
途端に全身真っ赤に染まったディアーナは両手で顔を隠すと「ルーって本当に12歳⁈」と抗議する。
「ディアーナだって10歳でしょ。
ルイカの記憶があるのとディアーナ自身が大人びてるのもあるけどさ。
僕はすぐルイカの年齢を超えるから」
立ち上がってディアーナと鼻先が触れる程度まで顔を近づけると
「その時は子供扱いしないで、ちゃんと僕を見てよ」
ディアーナに届くか届かない位の声で、ルーは言った。
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一ヶ月後、祖母はひっそりと離宮を後に…する事も出来ず、どうやら殆どの侍女や護衛が同行すると揉めたらしい。
数は多く無いとはいえ流石に全員を連れていく事は出来ないので、祖母は残された者達をディアーナ付きにすると宣言した。
余り物で申し訳ないとディアーナは思っていたが、今度は誰がディアーナ付きになるかで取り合いが始まったそうだ。
「ディアーナは人気者ね」
クルドヴルムに行く前にシリルの家へ立ち寄った祖母がおっとりと言った。
人気者になる理由がよく分からないが、祖母が言うには、国王とのやり取りで株が爆上りしたらしい。
それだけで離宮の面々の苦労がうかがえた。
「ディアーナ」
声がする方を見ると、全身黒の正装に身を包んだルーが立っている。
膝位まであるジャケットには襟元や袖口に金糸の刺繍が見事に施されて、凛々しい。
「素敵…。とても素敵」
ディアーナは初めて見る正装に胸を高鳴らせた。
ルーは少しだけ顔を赤らめてそっぽをむく。
視線だけディアーナに戻すと「ディアーナも綺麗だよ」と、呟くように言ってすぐ視線を外した。
「きちんとした格好でお見送りしないとね」
そう言ったディアーナは若草色のドレスを身に纏っていた。肩にはアルがちょこんと乗っている。
「ディアーナもルーファス様も良く似合っているわ」
若々しい二人を見て穏やかに微笑む祖母に、ルーは頭を下げ
「ルーファスとお呼び下さい。大叔母上」
そう言ってルーは祖母に笑いかけた。
その頭に大きな手が伸びワシャワシャと乱暴に髪を撫でる。
「大叔父上。やめてもらえます?」
「大叔父様!折角サラに整えてもらったのに!」
祖母を大叔母と呼んでくれたのが嬉しかったのだろう。ルーとディアーナの抗議を気にせず撫でる元帥の背後で殺気が迸る。
「ローラン様は、まっったく変わっておられませんね」
ジロリと元帥を睨みつけるサラを見て、元帥はしまったと手を離す。
いい大人なのに子供のような元帥を見て、ディアーナは声をあげて笑った。
ようやく解放されたルーは不機嫌そうにしながらも、再度髪を整えてくれるサラに大人しく従っている。
「やあ、まるで昔に戻ったみたいですね」
その声に皆が声の主であるシリルに注目した。
シリルの背後にはノアも控えている。
「ティアに追従する者達は先にクルドヴルムに送り届けました。サラも後で送りましょう」
そう言って、シリルは元帥とルーを交互に見た。
「君たちは竜で帰るでしょう」
シリルの問いにルーは頷き、元帥は祖母を見た。
「そうしようか。負担が掛からないようゆっくり行こう」
祖母はふんわり笑い、元帥の言葉を肯定した。
元帥は幸せそうに微笑むと、ディアーナに向き直る。
「ディアーナ、君は私達の恩人だ。何かあった時は頼って欲しい。必ず力になる」
「ディアーナを護るのは僕なので大叔父上は必要ありません。大叔父上はせいぜい僕が立派な王になれるようサポートして下さい」
ディアーナと元帥の間に身体ごと割り込んだルーに、元帥はキョトンとした後、ディアーナの背後に立つシリルを見る。
「時代は巡る。と言う事でしょうか」
元帥の無言の問いを察したシリルはニッコリ微笑んだ。
「パパ?一体何の事をおっしゃってるの?」
訳の分からないディアーナは振り返る。
ふわりと揺れる白銀色の髪を眩しそうに目を細めながら見つめた後、ディアーナの問いには答えずシリルは窓の外を見上げた。
窓の外には門出に相応しい、雲一つ無い青空が広がっていた。