43. ディアーナと小動物
怒るアナスタシアを宥めて帰城の途につかせると、ディアーナは肩の力が抜けるのを感じた。
アナスタシアの事は大好きだけど、侍女や騎士団が居るだけで気を張ってしまう。
(もうバレてる人も居る訳だし隠す必要ってあるのかな?)
ディアーナが魔道具で髪色を変えるのは両親の指示があったからだ。物心つく前からそうしていたから今も当たり前のように変化させているが、離宮の皆や、アナスタシアの侍女達には白銀色の髪を見られているので今更感がある。
「ディアーナの好きにしたらいいんじゃない?ディアーナなら髪色なんて関係なく認められると思うよ」
まるで心を読んだかのようにルーは笑った。
アナスタシアの馬車が見えなくなったところでベールを取ってから魔道具を外す。
なるべく目立たないように髪の毛を引っ詰めていたのでリボンを解くと、フワリと白銀色の髪が舞った。
「”神託の儀式”で城に行く必要があると思うから、その時はこのまま行こうかな」
「セウェルスではそう呼ぶの?」
「うん。クルドヴルムは違うの?セウェルスは王族全員が参加しなくちゃいけないの。あまり詳しくは言えないけど…」
「ふーん。クルドヴルムは”誓約の儀式”って言うね。
参加は全員じゃないなぁ。クルドヴルムはーー詳細を言えないのは一緒みたいだ。ディアーナも儀式の詳細は僕に言えないよね」
「まるで神様の悪戯のように都合のいい知識だと思う。特にセウェルスは…儀式そのものが偽りだったみたいだし」
ディアーナは目を伏せてポツリと呟く。
儀式の制約は言葉にもあるが、具体的でなければ大丈夫らしい。今もすんなりと言葉が出てきた。
ルーは首を傾げて「偽り?」と疑問符を浮かべている。
「おばあ様が教えてくれたの。セウェルスは…神に選ばれて無いみたい。おばあ様も歴代も全員だって。じゃあセウェルスの王ってなんだろう」
言葉を選びながら話しつつディアーナは空を見上げる。
そのまま祖母から聞いた話、そして祖母の様子を伝えた。
ルーは言葉を挟む事なく黙って聞いている。
一通り話したところで、大きく背伸びしたディアーナはルーに向かって困ったように笑う。
「選ぶのは何であれ国を動かすのは人だよ。賢王と呼ばれた王も沢山居たよね。儀式は所詮儀式だ。それに囚われる必要は無いと思う。それと…」
ルーは真っ直ぐディアーナを見つめながら、迷いなく言う。
瞳の色と魔力が戻ったルーは、以前よりも自信に満ちているようだ。
言葉にも確信が込められた力強さがある。
「先王がつけているのは”生命の欠片”と呼ばれる指輪だと思う。クルドヴルムでは生涯の相手に自分の生命を分けてつくる指輪がある。それは身につける相手の守護石になるんだ」
“生命の欠片”という言葉に聞き覚えがありディアーナは瞬いた。
ゲームで出て来たのは間違いないが思い出せない。
「けど、何故先王がそれを見ていたのかは…先王に聞かないと分からないけどね」
そう言ってディアーナの手を握った。
それから考え事をしているディアーナを覗き込む。
「今の僕達に出来る事は多くない。あれこれ憶測で動くのも良くない。だから今の僕達に出来る事は、師匠の家に帰る事だよ」
ルーの言う事は尤もだ。儀式の話を聞いたせいか祖母の動作ひとつに気を取られモヤモヤしていた。
モヤモヤは消えないけれど、今のディアーナに出来る事なんて正直、無い。
ディアーナは一度迷いを振り切るように首を振って、ルーに笑いかけた。
ルーは側で寛いでいるドラゴンに視線を移す。
「帰りはズメイに乗って行こう」
ディアーナの目がキラキラ輝くのを見て、ルーは満足気に微笑んだ。
そうしてディアーナの手を繋ぐと、ズメイの元へ歩きだすーーのをディアーナが止める。
「ルー、この音何だろう」
湖の方で水を弾くような音がする。
ズメイも首だけもたげて音がする方を見ていたので、気になって湖に近づいていくと
「大変!溺れてるわ!!」
パチャパチャ音を立てながら小動物が溺れている姿が目に入り、慌てて駆け寄った。
幸い水際で溺れていたので手を伸ばして小動物を助けてあげる。
手元にあったベールをタオル代わりに拭いてあげると、抵抗する事もなくクリクリとした目でディアーナを見た。
「可愛い」
両手より少し大きいくらいで、フワフワな毛並みに同じくフワフワな尻尾。フワフワした毛を除けば狐に近い形をしている。
人に慣れているのか、小動物はディアーナの腕の中で寛ぐようにしていた。
「キュウ…」と愛らしい声で鳴くので、思わず頬擦りしてしまう。
「あざとい…」
そう言って、ルーは不快感を隠そうとせず、忌々しそうに小動物を睨みつけた。
ルーのイラつきが理解出来ず、ディアーナは首を傾げると「迷子かな」と、呟く。
「助けただけで充分でしょ。放っておけばいいよ」
「ルー! 大きな動物に襲われたらどうするの?」
「自然淘汰だよ。それとも連れていくの?」
ルーはそこまで言ってしまった!と後悔したが、既に遅く「そうね!!助けたのも何かの縁だもの!連れて帰ろう」と、ディアーナが喜ぶ様子を肩を落としながら見つめた。