42. ルーとアナスタシアの攻防
「貴方がルー様?」
2人に向かってアナスタシアが声を掛けた。
ルーはニコリと笑うと、アナスタシアに返す。
「アナスタシア王女。お久しぶりです」
「お久しぶりです。お姉様がルー様の事をお話ししてくれたのですが、ルーファス様の事だったのですね」
ルーの機嫌が戻った事でアナスタシアは2人の元へ近付いてきた。
「アナスタシアと面識が?」
「あの事故の前にね。ディアーナは体調不良で欠席と聞いた宴で一度だけ」
「ーーわたくし、宴の事聞いてないわ」
「そうだろうね。ディアーナが体調不良ってあんまりピンと…って、痛いよ」
さりげなく失礼な事を言ったルーの頬をつねってやる。
アナスタシアは2人のやり取りをポカンと眺めーー眉が吊り上がり、頬がリスのように膨らんだ。
「アナスタシア?」
「お姉様とルーファス様は仲がよろしいのね」
何故かアナスタシアが怒っている。
理由が解らず助けを求めて侍女を見るが、困った顔をするだけだ。
「お姉様や私達を助けて頂いた事は感謝いたします。ですが、少しお姉様に気安いのではありませんか?お姉様はお優しいから受け入れ下さいますけど、ルーファス様は男性です。お姉様から離れて頂けませんこと?」
アナスタシアは怒ったままルーを睨むように見ると、一気にまくしたてた。
勢いをつけ過ぎて肩が上下している。
ルーはキョトンとアナスタシアの言葉を聞いた後、何かを思い付いたようにディアーナに向けて笑顔を見せた。
「僕が責任取ればいいのかな」
「ルー??ーー責任って何の責任?」
「アナスタシア王女は、男の僕がディアーナと仲良いのが嫌みたいだ」
ディアーナを見つめるルーの口元がニヤリとあがる。
アナスタシアはハッとすると、益々怒りで肩を震わせた。
訳の分からないディアーナだけが置いていかれているようだ。
ルーの袖を掴んで「だから何の責任を取るの?」と聞くと、アナスタシアが必死で止める。
「それ以上は聞かないで下さい!お姉様もルー様から離れて下さい!!」
ルーは耐えきれなくなったように、喉を震わせて笑うとディアーナの頭をポンと撫でた。
「ーーだって。アナスタシア王女は本当にディアーナが大好きなんだね」
「当たり前です。大切なお姉様ですもの!」
ディアーナの代わりにアナスタシアが答えると、ディアーナの身体を抱きしめ威嚇する。
ルーは愉しそうに赤い眼を細めてニコリと笑う。
「奇遇ですね。僕もです」
「なっ!!」
アナスタシアの顔が怒りのあまり真っ赤になった。
ディアーナはルーとアナスタシアを交互に見てから、腕を大きく振り上げて叫んだ。
「ふたりともやめなさい!!!」
その声に動きを止めたふたりは、パチパチ目を瞬いてディアーナを見た。
ディアーナは振り上げた手の行き場が無いまま、そろそろと下ろすと、誤魔化すように「コホン」とひとつ咳をする。
「アナスタシア。彼はクルドヴルムの王族で、わたくしの友人です。失礼の無いように」
「ルー。何の事かよく分からないけど、アナスタシアをあまり揶揄わないで下さい。わたくしの大切な妹です」
“大切”の部分にルーは僅かに眉をひそめた。逆にアナスタシアは勝ち誇ったような笑みをルーに向けた後、ディアーナを解放してから綺麗なカーテシーをした。
「失礼致しましたルーファス様。私の大切な姉が申しておりますので、謝罪させて下さいませ」
ルーはひとつ溜息をついてから表情を戻す。
「こちらこそ、大切な友人に叱られてしまったよ。申し訳なかったね」
お互い笑顔だが目が笑っていない。
見えない火花が散っているのか、間に挟まれているディアーナの身体がピリピリ痺れるようだ。
ディアーナは笑顔を貼り付け、その笑顔を保ちながら一歩下がろうとしたところでルーに手首を掴まれた。
「ディアーナを迎えに来たんだ。一緒に帰ろう」
柔らかな笑顔でディアーナに言う。
空いた方の手でベールに触れると、耳元に顔を寄せて囁いた。
「早く帰って本当のディアーナに会いたい」
驚く程の甘い声音にディアーナは固まる。
(ルーって、もっと幼くなかった?まだ12なのに何でこんな色気があるの⁈)
瞳の色が元に戻ったせいかもしれないとディアーナは無理矢理言い聞かせてーー
燃えるような赤の瞳に漆黒の髪。
ゲームの中の“ラスボス”ルーファスも、やたらと色気がある映像ばかりだった事を思い出した。