40. ルーの覚醒
恐怖に身体が勝手に震えているディアーナの両肩を侍女が掴む。
「ご無礼致します殿下。お心をしっかり持って下さいませ。騎士団がおります、殿下はご安心下さい」
侍女のハッキリとした声にディアーナは我に返った。
まだ少し震えているが、頭はクリアになってきている。
人では無いにせよ、修行中は凶暴な動物にも遭遇している。ルーが倒してくれる事も、魔法が使えるようになってからはディアーナ自身で倒す事もあった。
(いつか死ぬかもしれなくても、こんな所で死ぬなんてゴメンだわ!)
ディアーナは目を大きく見開くと、勢いをつけて立ち上がり、勇気づけてくれた侍女を安心させるように微笑む。
「ありがとう。貴女はアナスタシアを護ってあげて」
「殿下?」
アナスタシアには別の侍女がついているが、ディアーナには目の前に立つ侍女しか居ない。
「ひとりにする事は出来ません」と、戸惑う侍女に笑いかけ、
「わたくしは大丈夫。貴女達の役割を忘れないで。わたくしの妹をよろしくね」
ディアーナはベールを着けたまま、馬車の方向へ向かい歩き出した。
視界の先に怪しい風態をした者達と騎士団が戦っている姿がある。
賊に対して騎士団は十騎程度と、流石に数に差がありすぎる。
だが騎士団の邪魔はしてはいけない。
騎士団を避けて魔法を放ち、助けにならなくてはと、少し距離をとって狙いを定めた。
ディアーナは空に向かって高々と腕を掲げる。
狙うのは後方に居る敵。
初めて魔法を放ったあの時と同じ様に、狙いを定めた上空に鈍色の雲が覆い始める。
ディアーナは真っ直ぐ狙いを定めたまま、力強く呟いた。
「アナスタシアはわたくしが護る」
その直後、狙いを定めた先に雷が落ち、その衝撃で爆風がディアーナを襲った。
ディアーナはその衝撃を両腕で顔を隠すようにして堪え、魔法を放った方を見つめた。
煙が立ち上がり良くは見えないが、騎士団は全員無事なようだ。
剣を交えている者を除き、賊と騎士団の何人かが驚いたようにディアーナを見ているのも視界に入る。
人に放つのは初めてで、また身体が震えるのを感じディアーナは自らを抱きしめるようにして、両腕に力を込めた。
(震えちゃダメ。怖くても今は震えちゃダメ!!)
ディアーナは奮い立たせるように、ギュッと目を閉じる。
「お姉様!!!」
アナスタシアの悲鳴にディアーナは顔を上げた。
急いでアナスタシアを見るが、アナスタシアは真っ青な顔をしてディアーナの先を見ている。
ふと、蹄の音が先程よりも近付いている事に気付き、ディアーナは振り返り、
そこには憎悪の表情でディアーナを睨みつけながら剣を振り上げる賊の姿があった。
視界の中には賊を追うように馬を走らせる騎士団の姿もある。
まるでスローモーションのように振り落とされる刃を見て、ディアーナは固まったように動けずにいた。
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僕は予定よりも早く巨大樹の家を出発した。
気持ちが先走り、いつもより早く湖の近くまで着けそうだ。
早く着いたとしても、妹との時間を邪魔しない様に森で待てばいいか。
様子がおかしい事に気付いたのは、馬の嘶きと剣を交える音。そして殺気だった気配。
すこし経ってから耳に聴き覚えのある爆音が響いた。
「ディアーナ!」
不安になって、僕は走るスピードをあげ森を抜けた。
森を抜けた先で視界に広がるのは、騎士団が戦う姿。
「山賊が王族の紋に引かれたかっ」
何故騎士団はこんな国境近くに来るのにあんな豪華な王族の馬車を使ったのか。せめてもっと簡素は物を使えば…
騎士団の浅慮にイラつく僕は言葉を失う。
黄金色の少女と、戦っている騎士団の丁度真ん中あたりにベールを被った少女が立っている。
少女の目の前には剣を振り下ろそうとしている山賊の姿。
ディアーナ!!!
視界の先に映るディアーナには走っても間に合わない。
『ルーファス!!』
脳裏に、自分を庇う様にして賊に立ち塞がった母上の姿が浮かんだ。
剣を振り下ろした賊は、母上の身体を切り裂き…そこからの記憶は無い。
目覚めた後の絶望。
大切な人達を失った…奪った、悲しみと恐怖。
ーー嫌だ。もう失うのは嫌だ!!
僕は血が沸騰するのを、感じる。
僕は力になると約束したんだ!!
ディアーナを救いたい。ディアーナを絶対に殺させはしない!!
その瞬間、僕は叫んでいた。
「ディアーナを護れ!!」
僕の中にある何かが弾けるような感覚に襲われる。
視界に、魔法陣から現れた黒いドラゴンが、ディアーナに襲いかかろうとする山賊を食らう姿を見た。
「ズメイ?」
血塗れの山賊をまるでゴミのように投げ捨てた…僕が使役する懐かしいドラゴンの名を呼んだ。