38. ディアーナとアナスタシアの夜
祖母から教えられた衝撃の事実から数日。
ディアーナは祖母の意図が解らずモヤモヤしながらも、表面上は祖母とアナスタシアと3人で穏やかな時間を過ごした。
特にアナスタシアと長い時間一緒に居たのはこれが初めてだ。
失った姉妹の時間を埋めるように2人はお互いの事を沢山話し合い、絆を深める事が出来たと思う。
シリルに弟子入りしている事やルーの事も伝えると、目をキラキラさせたり、何故だか頬をプクリと膨らませたり、表情豊かなアナスタシアを見る事が出来て嬉しい。
「賢者様とルー様が羨ましいです。だってお姉様と毎日一緒に居られるんですもの」
「毎日一緒には居るけれど、同じベッドで寝るのはアナスタシアだけよ」
アナスタシアの部屋があるのに、ディアーナと一緒に寝たいと毎日ベッドに潜り込んできた。
今も2人は同じベッドの中にいる。
(ーー厳密にいうとルーの秘密を知った時に一緒に寝たけど、あれはノーカウントよね)
アナスタシアはディアーナの言葉に満足したのか、満面の笑みを浮かべる。
ディアーナの腕に自分の腕を絡ませると、肩の辺りに顔を寄せて猫のようにすり付けた。
「お姉様大好き」
頬を染めながら笑うアナスタシアに優しい微笑みを返す。
肩にあるアスタシアの頭を撫でながら「わたくしもよ」と、ディアーナは囁いた。
「明日…お姉様も一緒だったらいいのに…」
明日、ディアーナはシリルの元へ戻り、アナスタシアは帰城する。
アナスタシアもディアーナが両親と上手くいってない事は理解出来ているので、悲しそうに呟くだけだ。
「いつか…今度はいつでも好きな時に会える日が来るわ…」
ディアーナの“いつか”は生き延びた事が前提だ。
生き延びたとしても、共に暮らす事は出来ないだろう。それでも生き延びたら、いつでも会えるようになっていると嬉しいと、ディアーナは思う。
「ねえお姉様。我儘を言ってもいい?」
「なあに?」
アナスタシアは真剣な顔でディアーナを見つめると懇願する。
「明日、サクルフの森近くにある湖に行きたいわ。そこで一緒にお昼を食べてから森の入口までお姉様をお送りしたいの」
ディアーナはアナスタシアの願いに目を見開いた。
サクルフの森は国境付近にある。アナスタシアが行きたいと言った湖も同様だ。和平が結ばれてから何十年と経ったが、国境付近は必ずしも安全では無い。
現にルーの両親も国境付近で山賊に襲われている。
ディアーナが弟子入りした時や離宮に戻る時は、シリルが送ってくれたので全く問題無かったが、流石にアナスタシアと一緒には行けない。
「アナスタシア。国境付近は安全では無いわ。確かにあの湖は綺麗だけれど、何かあったら大変よ。だから…」
「馬車には護衛もいるわ。早く出発して、明るいうちに出れば夜には城に戻れるもの。ね、お姉様。私はお姉様をお送りしたいの」
ディアーナの続く言葉を遮り、アナスタシアは願う。
確かに、アナスタシアの護衛はセウェルスが誇る聖騎士団だ。
多少のトラブルがあったとしても滅多な事は起きないだろう。
ディアーナはひとつ溜息をつくと、困ったように眉を下げた。
「必ず明るいうちに出発すること。それが守れるなら、森の入口までわたくしを送ってくれると嬉しいわ」
アナスタシアの瞳がキラキラ輝き、笑顔になる。
「必ず守るわ!」
大きな声で高らかと宣言するアナスタシアを、困った顔のまま見つめながらディアーナは
(明日、森の入口までお迎えに来てもらうようパパに連絡しなくちゃ)
と、この後起こる事を予想も出来ずにいた。