37. ディアーナと神託の儀式
「おばあ様…何をおっしゃっているの?」
「歴代の王達が遺した書物も読みましたが、神に選ばれたセウェルス聖王国の王は、わたくしが知る限りひとりも居ません」
ディアーナは衝撃で足が震える。気付くと視界に映る自らの手も小刻みに震えていた。
「ーーディアーナ。何故儀式が幼い頃に行われるか解るかしら」
突然の質問にディアーナは戸惑う。
祖母の求める答えはあるが、祖母の話が真実なら…頭の中にある儀式の全ては何なのだろう。
祖母はディアーナの言いたい事を理解したのか困ったように眉を下げた。
「かつて兄を弑した時、わたくしは儀式を行っていなかった」
祖母は先程ディアーナにした質問を忘れたように語り出した。
「わたくしが儀式を行ったのは即位してから…。
王宮の秘密通路の先にある神殿に赴き、然るべき手順をふんで聖王の間に入りました。
神に認められれば、身体の内から光を発して神殿を包み込む筈。ーーですが何も起こらなかった。
わたくしは焦り、歴代の王だけに伝わる書物で初めて”神託の儀式”の真実を知ったのです」
哀しげな顔で窓の外を見たあと、ディアーナに視線を戻す。
ディアーナはゴクリと音を立てて唾をのみこんだ。
先先代は幼い頃に即位したせいか、曽祖父である宰相の傀儡だったと習った。
国は荒れ、国民が苦しんでいる中、クルドヴルムに戦争を仕掛けようとした事がキッカケで謀反が起こり、祖母が玉座についたと聞いている。
謀反の旗頭だった祖母だけが神に選ばれないなら分かるが、歴代の王にその資格が無かったとすれば
「ーー神託の儀式が幼い頃に行われるのは、真実を知らせないようにする為ですね。継承者が真実を知るのは即位してから、と言う事ですか?」
神託の儀式を行うのは物心つく前が多い。
それは早くに後継者を決めておく事で国が安定する事もあるだろう。しかし、祖母の話が真実なら恐らく真実を知る事を可能な限り引き延ばす為だろう。
「陛下はご存知なのでしょうか。アナスタシアが産まれてすぐに儀式を行えば良かった筈です。わたくし達どちらも儀式を行ったが、アナスタシアが選ばれたと」
「ディアーナの言う通りね。あの子が即位する時に、その書物を託しました。ーーー恐らく、見ていないのでしょう」
あの国王ならその可能性が高い。
賢王と名高い祖母に、名宰相と呼ばれた祖父からどうしてあの国王が産まれのか。
ゲームに登場する国王の印象は薄いのでディアーナとしての記憶しかない。一応政治は可もなく不可もないようだが、多分側近に恵まれているせいだろう。王としては及第点かもしれないが親としては最低だと思う。
ディアーナの考えを察した祖母は自嘲する。
「王ではないわたくしに何故真実を?」
「…何故かしらね。師匠の元から久し振りに帰ってきてくれたディアーナが、驚く程変わっていたからかもしれないわね」
本当にそれだけなのだろうか。
ただそれだけで王だけが知る真実を継承者になり得ないディアーナに伝える必要があるのだろうか。
祖母は諦めにも似たような仄暗い顔をして、左手の薬指にはまる指輪を見つめている。
ディアーナも祖母の視線の先へ目を移し、僅かに目を見開く。
祖母の指輪には小さな赤い宝石が嵌められている。
今まで祖父の色だと思っていたがーー恐らく祖父ではないのだろうと、ディアーナは察した。
シリルがしてくれた祖母とルーの大叔父との話を思い出す。
きっと祖母はルーの大叔父の事を考えているのだろう。
“神託の儀式”とルーの大叔父に何か関係があるのか。
ディアーナは嫌な予感がして、高まる鼓動を抑える為に胸の辺りをギュッと掴んだ。