36. ディアーナとアナスタシア
セウェルス先王ティターニアの住まう離宮で、ディアーナはアナスタシアに長いこと抱きしめられて動けない。
「アナスタシア、元気そうで何よりだわ」
「お姉様!会いたかったです。本当に会いたかった」
涙を流して喜ぶアナスタシアの髪を撫でながら、ディアーナは微笑む。
「わたくしもよ。来てくれて嬉しいわ」
「お姉様!」と叫んだアナスタシアはディアーナを抱きしめる腕に力をこめる。
祖母の離宮に着いた翌日、祖母から連絡がいったのか、アナスタシアは離宮へやって来た。
最初、王家の馬車が尋常じゃない走りで向かってきた時には、ラスボスイベント前に死ぬの?という位の恐怖を覚えた。
なので目の前で停まった馬車から飛び出してきた黄金色のフワフワした髪を見て驚いたものだ。
ーーそしてそのまま抱きしめられて今に至る。
(それにしても…あの両親がアナスタシアを城から出すなんて…)
おばあ様が連絡しても、両親は…特に国王は頑なにアナスタシアを城から出さないだろう。
無事離宮まで出て来られたとすると、侍女達が上手くやったのだろうか。
「姫様。姉君が困っていらっしゃいますよ」
声がした方を見ると、アナスタシアの侍女が立っていた。
(しまった!髪の毛!!)
離宮ではそのままの姿で居る事を望まれていた事。シリルの元では隠す必要もなかった事ですっかり忘れていた。
慌てて髪を隠そうとしても、隠せるものなんて何一つ無い。
「私、知ってました」
「えっ?」
アナスタシアの言葉にディアーナは狼狽する。
アナスタシアに会う時はベール姿で隠していたから、気付かれる訳が無いと思っていたのに何故分かったのか。
「お姉様、いつもお庭から私を見てくれていたでしょう。はじめはお姉様じゃないかもって思ったのだけど、お姉様だと気付いた時は本当に驚いたわ。だけど黄金色じゃなくてもお姉様はお姉様だもの」
アナスタシアは朗らかに笑い、
「お姉様の髪。とっても素敵よ!!」
と、明るく言った。
「ありがとう、アナスタシア」
アナスタシアがディアーナの色を知っていたのは驚いたが、ディアーナへの態度に変化が無い事は素直に嬉しい。
ディアーナは優しく微笑むと、アナスタシアを優しく抱きしめた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
アナスタシアと一旦別れたあと、ディアーナは祖母の部屋を訪れた。
アナスタシアには祖母の離宮に居ると伝えて貰っていた。
なのでアナスタシアが離宮に来る事は不思議では無い。とはいえ両親に溺愛されているアナスタシアを城の外に出すのは難儀だ。
あれから何度か考えたが、侍女だけではアナスタシアをここまで連れて来る事は難しいと結論付けた。
現に居場所を教えても、今迄会いには来られなかった。
そう考えると、折り合いの悪い国王を了承させる手段を持つのは…目の前に座る祖母だけだ。
「おばあ様。神託の儀式の同席を条件に、アナスタシアを呼んで下さいましたね」
尋ねてはいるが、ディアーナは確信を持っている。
祖母はいつものように穏やかな微笑みを浮かべた。
「折角ここに遊びに来てくれたのだもの。アナスタシアにも会いたかったし、丁度良かったでしょう。
それにわたくしが健在である内に次代を決めておきたかったのよ」
「神託の儀式は創造神に選ばれるものでは無いのですか?次代を決めるとは…まるで人の意思が働いているようではないですか」
“神託の儀式”と呼ばれる王位継承権を決める儀式。
不思議な事に、王族に連なる者だけがその儀式の全容を知る事が出来る。
誰に教えてもらう訳でなく、知っているのだ。
そして王族に加えられた…王妃や王配は、婚儀を終えると突然頭に流れこんで来るらしい。
もちろん例外もあって、王の直系では無い者、例えば王弟は知ってもその妻子は知らない…といった風に、知る者は限られている。また臣籍降下や降嫁などで王族から外れた場合は、まるで記憶喪失のように儀式の事だけがすっぽり抜けるらしい。
ゲームの世界だと思えば納得できるが、神様の悪戯のようにも思える。
「ディアーナは知っておいた方が良いかも知れませんね…」
祖母はひとつ息を吐くと、目を伏せた。
「実際に立ち会える機会は多くありません。わたくしは本来の方法で選ばれてはいません。それは息子も同じです…」