30. ディアーナの宣言
丁度太陽が真上に昇る頃に森半周の課題を終えた二人が、巨大樹の根を利用して作られたテラスでのんびりお茶をしているシリルの元へ戻った。
シリルは二人の姿を視界に捉えると僅かに目を見開いた。
手に持っていたティーカップをテーブルに置くとゆっくり立ち上がる。
「驚いた」
シリルは素直に感嘆した。
朝早くに出発したとはいえ、広大なサクルフの森の半周を昼までに達成出来るとは思っていない。昼にはノアに昼食を持たせようと思っていたくらいだ。
「が、頑張りました!」
「普通でした」
「えっ?ルーはどうして普通なのかしら⁈」
「ーーディアーナより長く修行してたからだよ」
ディアーナはゼイゼイと荒く息を吐き肩を上下させながらルーに抗議するが、ルーは涼しい顔で平然としている。
仲の良い兄妹のような二人を微笑ましく見守っていたシリルは二人に声を掛けた。
「ルーが倒れてしまうからお昼にしましょう。お昼のあと少しお話したい事があります」
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昼食が終わり、三人はリビングに移動した。
リビングにあるソファーに腰を下ろしたシリルは
「二人にはまず知っておいて欲しい事があります」
静かな声で語り始めた。
「エルガバルの大地に住む人間は、大なり小なり皆等しく魔力を持っています。
そして先人達により、セウェルスには魔法師しか産まれず、クルドヴルムには召喚師しか産まれないと結論付けられました。この結論がセウェルスとクルドヴルムとの長い争いを引き起こす結果となり…クルドヴルム現国王と、セウェルス前国王により和平が締結されるまで続いたのは二人も知っているでしょう。
ーーその先人達の結論こそが誤りです。
この大地に住む人間の持つ魔力の質は皆同じ。産まれた国に関わらず、得手不得手はあっても本来どちらも使う事が出来るのです。
実際私は召喚も出来ますし、ルーの大叔父様も魔法が使えます。
魔力の質は同じ。二人にはまずその事を理解して欲しい。
では何故クルドヴルムは魔法が使えず、セウェルスは召喚が出来ないのか。
それは植え付けられた”出来ない”という前提が潜在意識に深く根付くから。
潜在意識はその可能性すらも奪ってしまうからです。
まるで呪いのような潜在意識は、遺伝子まで深く根付いたものなのか。神が我々を創造する時に決めた事なのか…そこまでは分かりません」
ディアーナは話を聞きながら、自分の知識を思い出し照合していた。
エルガバル英雄伝説ではセウェルスは魔法。クルドヴルムは召喚と決められており、ステータス画面もその枠から外れた事はない。
シリルは遺伝子までに刻まれたもの、もしくは神が決めたもの、と言うが、ゲームの設定なんだろう。
そうすると、召喚が出来るシリルはバグのような存在だとも思える。
エルガバル英雄伝説はパッケージのみでオンライン配信では無いからバグを修正出来ない。それが敢えて残したバグなら、裏技的なもので強くなれると言う事か。
「師匠は僕達に前提を捨てろと言うのですね」
ルーの言葉にディアーナは深く沈む思考から引き戻され、シリルはその言葉に頷く。
「前提を捨てなければ本当の意味で強くなる事は出来ません」
「それを僕達に教えたのは、必要と思われたからですか?」
「ディアーナは生きる為、ルーにも目的があるでしょう。貴方達はまだ幼い。目的を達成する為の可能性は多い方がいいと、そう考えました、」
ディアーナに魔法と召喚を使えるようになれと言っているのか。シリルが”前提を捨てろ”と言ったのは理解出来るが、魔法と召喚が使えた方が良いというのは…。
「ディアーナをどちらの国でも生きやすくする為、ですか?」
ルーの言葉にディアーナはハッとする。
シリルはディアーナを見つめると、哀しげに笑った。
「パパは、わたくしがゲーム通りに拐われてしまっても、生き延び易い力を教えて下さるのですね」
シリルの意図に気付いたディアーナは、哀しげに笑みを浮かべるシリルを励ますように
「わたくし、今はどちらも全く使えませんが、頑張ります!」
そう宣言した。