28. ディアーナと夕食
「何かのお祝いでしょうか」
ディアーナは食卓に並べられていた料理を見て首を傾げた。
ノアは食事をしないので普段はシリルとディアーナふたりだけ。ふたりとも食事量は少ない方なので、テーブルいっぱいに広がる料理の数々に驚いてしまう。
「今日からはルーも一緒ですから」
シリルの言葉にディアーナは目を輝かせる。
そわそわとダイニングの入口から外を覗き込むようにすると、そのままの体勢でルーを待つディアーナ。
「雛鳥のようだね。ーールーに嫉妬してしまいそうだ」
ディアーナの様子を見ていたシリルは笑顔を絶やさぬまま、最後のほうだけ低い声で呟いた。
「パパ?何かおっしゃいました?」
「いいえ。パパは可愛い娘を奪われるのは嫌だな、って思っただけですよ」
最後の呟きに反応したディアーナは顔だけシリルに向けるが、返答の意味が分からず「変なパパ」と言って視線を元に戻した。
『ディアーナ様は旦那様のお嬢様ではございません』
「うん。そうだけど娘みたいなものだからね。父親のつもりだからね」
『左様でございますか』
真面目なノアの訂正にシリルは口元を痙攣らせる。
今迄出会った執事精霊はもっとウイットに富んでいた。堅物なノアを召喚したのは、やはり自分が召喚に向いてないからだとシリルは溜息をつく。
賢者と呼ばれるシリルでも得手不得手はあるのだ。
「ルー!!」
ディアーナは姿を見せたルーに駆け寄った。
恥ずかしいのか俯き加減で歩くルーの手を引いてディアーナの向かいの席に座らせ、自分も着席する。
「こうやって一緒に食事をするのは久しぶりですね。何か変化はありましたか?」
シリルの問いに、ルーは躊躇うようにしてから
「修行を再開してほしいです」
ポツリと言った。
ディアーナが弟子入りしてから一週間。
ルーの修行している様子が見られなかったのは、修行を中断していた為だと知り、納得した。
「そうですか。ではディアーナのサポートをして貰いましょうか」
シリルは自らの口元に人差し指を添えると、小さく笑む。
サポートして貰えると知ったディアーナの顔は輝くが、ルーの顔色は悪い。
ディアーナはルーが拒絶しているのだと感じ、胸が痛くなる。
「ルー様。わたくしのサポートはお嫌ですよね」
「違うよ!サポートが嫌な訳じゃないよ」
ルーは慌てて否定する。
では何か?とディアーナは目で訴えると、ルーはディアーナから顔を逸らし呟いた。
「使えないんだ」
「え?」
「ーー僕は召喚が使えないんだ。だからサポートも…僕は出来損ないなんだ」
「あら!わたくしと同じじゃない」
ルーが言い終わる前に、ディアーナはあっさり言った。
「わたくし、魔法が使えませんの。この髪の事もあって親には出来損ないって言われました。ーーわたくし達、出来損ない同士一緒に頑張れますわね!」
ディアーナは目を細めながら楽しそうに笑う。
ルーは唖然としながらディアーナを見つめていたが、口元がふわりと緩み、笑顔を作る。
「うん。一緒に頑張ろう。ディアーナ」
「はいっ!」
ルーの言葉に、ディアーナは元気よく返事をした。
「お話は纏まったようですから、食事にしましょうか」
二人のやり取りを微笑みながら見守っていたシリルは、ポンと両手を叩いて告げた。
そうして始まった団欒。
ディアーナは所狭しと並ぶ料理がルーの手で空になっていくのを、唖然としながら見つめている。
成長期だから?ルーってこんなに食べるの⁈
「ルーは沢山食べるのね」
正直な気持ちが口から出た。
ルーは綺麗な所作で食べ物を口に運びながら「そう?まだ食べられるけど」と言ったので、ディアーナの分をルーへ分けてやる。
「ありがとう」と言って食べ続けるルーを見ながら、ふとディアーナは視界がボヤけるのを感じた。
「ディアーナ?」
ルーは食事の手を止めると驚いて目を見開く。
「あら?」
パタパタとテーブルに滴が落ちた。
ディアーナは不思議そうにそれを見たあと、自分の顔に手をやった。
大きな瞳からポロポロと涙が溢れ落ちる。
ディアーナが泣いてる。
「わたくし、嬉しいみたい」
ディアーナは常に一人だった。
週一回、義務のように開催される家族との食事でも常に孤独だった。
城を出て祖母やシリルと一緒に食事を取るようになり、ようやく孤独は感じなくなったが、ルーと三人で食べる幸せで胸がいっぱいになる。
ルーはディアーナを見つめて、力強く言った。
「これからは朝も、昼も、夜も、一緒に食事をしよう」
ディアーナは涙を流しながらも、満面の笑みを見せた。
ーールーはとても優しい。
ゲームで”ラスボス”となるルーは、ディアーナを幸せな気持ちにしてくれる。