27. ディアーナとシリル
ルーと別れてから真っ先に向かった先は、シリルが”書斎”と呼ぶ部屋だった。
ノックもそこそこに、バタンと音を立てて扉を開くと、積み上げられた本の中に埋もれるようにして見えるシリルのもとへ障害物を避けながら向かう。
「やあディアーナ」
机ーーと呼んでいいのか、本が積み上げられ書き物をするスペースが無いような机の上で、器用に筆を走らせるシリルが顔をあげた。
ディアーナはシリルが座る椅子の横まで本の合間をぬって進むと、
「パパ!わたくしルーとお話できました!!」
興奮して前のめりになりながら、ディアーナは満面の笑みで報告した。
「あと、少しだけですが笑ってくれたんです」
余程嬉しかったのだろう。感極まったディアーナの目尻には涙が溜まっている。
シリルは微笑みを零すと、ディアーナの目尻に手を伸ばし、長い指でそっと涙を拭った。
それでようやく泣いていた事に気付いたディアーナは、頬をピンク色に染めてうつむく。
「パパはルーが”ラスボス”だって知っていましたね」
恥ずかしさを誤魔化すように言ってから、ディアーナの頬がプクリと膨らんだ。
シリルは目の前でむくれる可愛い少女に笑みを深くする。
「クルドヴルム国王が最後の相手と聞いた時に何となく。思い当たる男性王族は二人しか居ませんし、年月を考えればルーの可能性が高いとは思いましたね」
やっぱり!と、ディアーナの頬は益々膨らんだ。
「ルーだと思いますか?」
シリルは静かな声で問うた。
ディアーナはリスのように膨らんだ頬をしぼめると、大きく首を振り否定する。
「名前は一緒です。よく考えれば髪の色も同じです。ルーはラスボスだと思います。……ですが、ルーは違う」
日本では馴染みのある色なので気にしていなかったが、この世界での黒髪は”王色”のひとつ。クルドヴルムの王族だけが持つ色。だからルーは間違いなくラスボスだ。
「根拠はありません。信じたいだけかもしれません」
「では違うのでしょう」
あっさり言ったシリルの言葉にディアーナは目を丸くする。
シリルはディアーナの頭に手を載せると、鼻先が触れるくらいに顔を寄せた。
「ラスボスは彼です。ですが、ディアーナの知るラスボスはディアーナに出会っていたのでしょうか。今のルーと、ゲームのルーは同じ道を歩んでいたのでしょうか」
コツンと額を合わせたシリルは目を閉じて静かに語る。
「道は自ら選ぶもの。ディアーナが抗う道を選んだように…その選択の先に未来はあります」
その言葉にディアーナは衝撃を受けた。
何故気付かなかったんだろ。
私だって運命に負けたくなくて、死にたくなくて抗う道を選んだ。ルーだって私と出会ったことで未来を知った。戦争を起こさない様に頑張ると言ってくれた。
ゲームの強制力がどこまでかは分からないけど、小さな事から未来は変えていける!
「パパ」
「ん?」
合わせた額からシリルの温かさが伝わってくる。
大切な事を気付かせてくれた感謝の気持ちを込めてディアーナは言う。
「大好きです」
シリルは閉じていた目を開くと何度か瞬く。そうしてようやく実感が湧いたのか、嬉しそうに微笑むと
「私もですよ。可愛いディアーナ」
愛情の籠もった優しい声音で静かに告げた。
そうして名残惜しそうに額を離してからニコリと、笑う。
「課題は合格ですね」
何を言ってるのだろうと疑問符が浮かび、
「…ああっ!!」
課題の事をすっかり忘れていたディアーナは叫んだ。
「パパ、わたくしすっかり忘れていました」
思い詰めたような真剣な表情でシリルに伝える。
階段でルーを待っている間は間違いなく課題の事を考えていたけど、途中から頭の隅にも残っていなかった。
城では課題を忘れるなんて事無かったのに、ここに居ると10歳の、年相応のディアーナが顔を出してしまう。
これからゲームがどう動くか分からない。だからこそもっと頑張らないといけないのに、劣化してしまったようだ。
「それで良いのですよ。課題を忘れて本音でぶつかったから、ルーに届いたんです」
ディアーナの複雑な感情を察したシリルはニッコリ微笑んだ。
「ディアーナは真っ直ぐですから」