26. ディアーナとルー、そしてシリル
瑠衣果は四人兄妹の末っ子だ。なので弟が居たならこんな感じなのかも知れない。そんな風に思いながら全身で喜びを伝える。
普通、中学生にもなって姉に頭を抱えられる状況はとても異様な光景だ。しかし瑠衣果を溺愛していた家族はそれを日常としていたので、自分の行動が異様である事に気付いていない。
「ディアーナ」
流石にやり過ぎたのかルーが制止する。
パッと手を離したディアーナは謝罪するように慌てて頭をさげた。
「ごめんなさい!弟みたいに思えてしまって…」
「うん。そうだと思うよ。でもさ」
そう言ってルーはゆっくり立ち上がる。
あっと言う間に、ディアーナの視線は下から上へ移動する事になった。
「今の君は僕より年下でしょ。怒ってる訳じゃ無いけど、流石に恥ずかしいよ」
少しだけ顔を赤らめているところを見ると、本当に恥ずかしかったらしい。
距離感について反省したばかりなのに、舌の根も乾かない内に何やってるんだろうと、ディアーナは自己嫌悪に陥る。
「本当にごめんなさい」
もう一度深々と頭を下げてからルーを見たディアーナは目を見開いた。
ディアーナを見つめているだろうルーの口角が僅かに上がっている。
ルーが、笑った?
ほんの僅かな動きだが、確実に笑っていた。
ディアーナはルーの変化を心から喜ぶ。
ルーは吃驚した目でディアーナが自分を凝視している事に気付き、訳が分からないのかたじろいだ。
「な、なに?」
ルー自身はその変化に気付いてないようだ。
「なんでもありません」そう言って、ディアーナは花が咲いたように微笑んだ。
「ちょっ…」
抗議のような声をあげたルーは顔を赤らめてそっぽを向く。何かまたやってしまったのかと、ディアーナは首を傾げた。
「ルー?」
「ディアーナは表情豊かだね」
確実に褒め言葉ではなく呆れも含まれるその声にディアーナは「ああ!」と、両手を打つ。
「そうですわね。前世を思い出してから、もっと言えばここに来てから、自分らしく居られるようになりました。城ではあまり笑う機会がなくて。今でも表情筋に違和感が」
そう言って自分の顔を両手でムニムニと触っているディアーナに、今度はルーが頭を下げた。
「ごめん。また僕は」
「やめませんか?わたくしは気にしてませんし、そのお陰でパパやルーに会えたのですから。それに腹の探り合いは嫌いなので、ハッキリ言って下さって嬉しいです」
ディアーナはニコリと笑う。
そして今度こそルーの口元が柔らかくあがる。
ディアーナは嬉しさのあまり、また抱きつきそうになるのをお腹に力を入れて堪えた。
「ディアーナは不思議な子だね」
そんなディアーナの葛藤に気付いていないルーは、心の底から不思議だという風にしみじみ呟いた。
「ふふっ、お褒めの言葉として受け取りますわ」
ディアーナは朗らかに笑い、ルーはそれを見て少し呆れたように口を開くと小さく微笑んだ。
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リビングにある小窓から、外で仲良くお茶をしている二人を眺めながらシリルは微笑んだ。
「上手くいったようですね」
『左様でございますね』
近くに控えるノアも肯く。
シリルは視線だけ一瞬ノアへ向けた後、またすぐ窓の外へ移る。
「私は常に遺される側だからルーの気持ちは分かっても、遺す側の気持ちは本当の意味では分からない。だからディアーナが来てくれて良かった」
『左様でございますね』
「…ノアは真面目だねぇ」
『はっ、申し訳ございません』
シリルは子供達を見ながらも、ノアの真面目な答えに苦笑した。