25. ルーは妹弟子と話す
「でも戦争は国王が…」
そこまで言ってディアーナは黙った。
“必ずしも王の意思ではない”とルーは言った。
確かにディアーナが学んだ歴史も、瑠衣果が暮らしていた故郷も、必ずしも君主の意思が尊重されていた訳では無い事に思い至る。
折角死亡フラグが折れると思ったのに。
ルーの意思じゃなく戦争が起こるかもしれないなら、やっぱり私が死ぬ可能性は消えないの?
ルーは長い前髪の奥からディアーナを黙って見つめていた。
意図した訳では無いが、自身に恨みが無くても、戦争は周りの意思で起こり得る可能性を示唆した事で、ディアーナの顔色が僅かに青い。
先程の後ろ向きな発言を、両親や大切な人を一度に亡くして閉じ籠っていた自分を半ば無理矢理に叱咤激励してくれた激情は見られず、ショックを受けているようだ。
無理矢理だが、本当に無理矢理だが、あの言葉に救われた自分が確かにいた。
笑って欲しいと願ったディアーナが二度目の死を迎えるのは絶対に駄目だ。
だから自分に出来る事は何か、そう考えた瞬間、それは自然と口から放たれた。
「僕が頑張ればいいのでしょ?」
ディアーナは弾かれたようにルーを見つめた。
セウェルスの王色である紫が困惑の色を見せている。
「クルドヴルムが戦争を起こさないように、僕が頑張ればいいのでしょ?」
自分に言い聞かせるように、ルーは言葉を変えてもう一度言った。
「ルー様…。わたくしの話を信じて下さるの?」
唖然としているディアーナに、今更何を言ってるのだろうと、ルーは呆れる。
確かにディアーナの話はまるで作り話のようだったが、不思議とすんなり頭の中に入ってきた。
階段でのやり取りの理由が分かったから、というのも大きいが、何よりディアーナに嘘は無いと、そう感じたから。
初めて会った時から、多分見られてると感じてきたこの一週間ですら、
ディアーナはひたすらに真っ直ぐだった。
「君は僕に嘘はつかないでしょ」
「…ルー様…」
「…ルーでいいよ。ディアーナ」
ディアーナの眉が下がり泣きそうな顔をしたかと思えば、先程までの様子が嘘のように紫の瞳がキラキラと輝く。そのままティーカップを置いて勢い良く立ち上がると、向かいに座るルーに駆け寄った。
ルーは座っているため、目の前に立ったディアーナを見上げる。
ディアーナは歓喜に震えた表情で両手を広げると、ガバリとルーの頭を抱えてから、頬を摺り寄せた。
ルーは自分を包み込む温もりと、まるで子供をあやすように摺り寄せる頬の感触に一瞬思考が停止する。
「嬉しい!信じてくれて嬉しい!!わたくしの死亡フラグは折れなかったけど、まだ時間はあるもの。だから今は何よりルーが信じてくれた事がっ!わたくしを死なないように頑張ってくれるって言ってくれた事が嬉しい!!」
感謝の言葉を繰り返すディアーナの淑女とは思えない行動に、呆れを通り越したルーは怒る気も失せ、溜息をつきながら置物になる事に決めた。
ルーはディアーナの前世が自分より年上である事、この行為に他意は無く、家族にするようなスキンシップである事、そしてその温かさが、ルーの大好きな両親と同じである事に気付く。
両親の温もりを思い出し胸が痛みながらも温かくなるその違和感に、口をへの字に結ぶと目を閉じた。