23. ディアーナと家族
ルーは唖然として口を軽く開く。
ディアーナに包まれた自身の手に、忘れかけていた温もりが伝わってくる。それは長く忘れようとしてきた大切な家族が与えてくれたものと良く似ていた。
その温かさに、向けられる慈愛に、罪を忘れて飛び込みそうになり
「僕は優しくなんて無い」
また自らの罪を思い出し、否定した。
「僕は人殺しだ。大切にしてくれた人達…両親も殺した。だから僕は存在するだけで…」
その先を言う前に派手な音が響き、次の瞬間頬が焼けるように熱くなる。
その衝撃に驚いてディアーナを見ると片手を振り下ろした状態で俯いていた。残った手はルーと繋がれていたが渾身の力で握り締めているのか痛い。
ルーは頬を張られた痛みと、繋がれた手の強さに言葉を続ける事が出来ないでいた。
「…ふざけないで…そんな事望んでると思う⁈」
ディアーナは底冷えのする声で呟くと、思い切り顔を上げた。怒りなのか、悲しいのか、よく分からない感情で目の奥が熱い。
「私だって遺していきたくなかった!家族は絶対泣いてるし、悲しんでるし、兄は自分の誕生日パーティーのせいでって物凄い後悔してる!私はそんな事は望んでないっ!!私はっ…」
悲鳴のように叫びながらポロポロと涙を流すディアーナは
「私はただ、家族に笑顔でいてほしいだけ…」
最後は消え入るような声で呟いた。
ルーは目の前で叫ぶディアーナの豹変に戸惑いを隠せないが、その場から動く事も、ましてや逃げ出す事も出来ない。
その慟哭にも似た叫びはルーにむけられたものではなく、ディアーナの大切な人に向けられた事はわかる。わかるがディアーナの言葉は遺していった人のようだ。
「………ごめん」
目の前で泣く年下の少女と繋がれた手にそっと力を込めた。
「ごめん。また傷付けてごめん」
「誰が謝れと言ったの?誰が傷付いたの?私は苦しいだけ。大切な人が泣いていると思うと苦しくて仕方ないの」
ディアーナは涙に濡れた瞳でルーを見つめる。
謝っても怒られる。否定しても怒られる。そう思うとルーはどうして良いか分からず途方にくれた。
「…どうすれば…」
「簡単だよ」
ディアーナはゴシゴシと涙を拭く。
そんなに強く擦ったら腫れてしまわないか心配になるがディアーナは気にしていないようだ。
涙を拭きおわったディアーナはもう一度両手でルーの手を握ると、
「前を向いて。すぐには難しくても、亡くなった人達が安心出来る様に。前を向いて…そして」
ディアーナは目を閉じて、ルーと瑠衣果の家族に対して祈る。
「笑顔になれますように。大切な人が皆笑顔で幸せになってくれますように…」
そう言ってからゆっくりと目を開けたディアーナの瞳は穏やかで、まるで静かな海を思わせるよう。
叫んだ事を思い出したのか頬に少し赤みがさし、そしてふにゃりと柔らかく笑った。
「君は…どうして…」
ルーは困惑しながら呟いた。
今ディアーナは間違いなく生きているのに、まるで一度死を経験をしたような実感が籠る内容。
ディアーナはルーの疑問に気付くと年相応の笑顔を見せた。
「わたくし、ルー様に聞いて頂きたい話があるのです。きっと時間がかかるでしょうからお茶にしませんか?」
ルーは無意識に頷いた。