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エピローグ 青空の下で

オーブンの扉を開けると甘い匂いがキッチンを包みこむ。


「瑠衣果、お皿を出してくれる?」


「これでいい?」


差し出された大皿を見て母はポカンと口を開け、「お母さん今何て言ったのかしら」と首を傾げた。


うちには息子しか居ない筈なのに、いつも娘と一緒にクッキーを作っていたような。焼き立てのクッキーを並べるお皿は娘が出してくれていたと、そんな筈は無いのに口から出た言葉は違和感が無い。


「お皿をだして、って聞こえたよ」


「そうよね。お母さん夢でも見てたのかしら…」


母が焼きたてのクッキーに視線を落とした。


「不思議なの。うちには息子しかいないのに、娘が居たような…いつも一緒にお菓子を作っていた…。そんな事ないのにね」


琉偉は大皿取り出すと眉を下げて笑う。


「…母さんはもし娘が居たならどんな子だと思う?」


母は逡巡してから目を細めた。


「そうね、きっと末っ子だからお兄ちゃん達に可愛がられて、甘えん坊で…特に琉偉にべったりな…明るくて白須家の太陽のような子かな?」


「姉ではないの?」


「お姉ちゃんのイメージは浮かばないわ。琉偉と双子ならしっくりくるんだけど…」


そう言って微笑む母に、琉偉は思わず泣きそうになる。

この世界で瑠衣果を覚えているのは琉偉一人。

だが記憶の底にあるものを完全に失う事なんて出来ないのかもしれない。特に母親なら尚更そうなのだろう。


「きっとさ、俺と双子だよ。母さんが言うように兄貴達が馬鹿みたいに可愛がって、でもいつも俺にくっついて…明るくて真っ直ぐで、無鉄砲な…そんな子だよ」


「まあ!やけに具体的ね。でもそうね…そんな子だと思う。お母さん、そんな娘が欲しいわ」


瑠衣果によく似た母が穏やかな顔で笑うのを見て、琉偉は別の世界で暮らす妹に想いを馳せた。


(瑠衣果は幸せだろうか。いや、心配するまでも無いな。そう信じられたから瑠衣果を託したのだから…)


「母さん」


「なあに?」


「そんな女性を紹介出来るよう頑張るよ」


琉偉が母に笑いかけると、母は驚いた顔をして、また笑顔になった。


そうして琉偉は窓から見える青空を見上げる。

この空が最愛の妹が居る世界に続いていれば良いと願いながら。







◇◆◇◆


「よいしょ」


シリルは立ち上がり、口元を押さえてニコリと笑う。

それから皺の増えた手の甲を眺めて目を細めた。


『御主人様、いかがいたしました?』


執事精霊ノアの声に振り返ったシリルは微笑みを称えている。


「歳を取ると動き辛くなるものですね」


愚痴のようでその顔は嬉しそうだ。

シリルの美しい容貌はそのままだが目元には皺が刻まれており、輝く白銀色の髪に真っ白なものが混ざっていた。


魔王の呪いで永遠の刻を生きるシリルが呪いから解放されて久しい。

神の予告通りゆっくりと老化が進んでいくのはシリルにとって本当の意味で呪いから解放される事を意味していた。


『あまり無理をされませんよう。昔のように無理はきかないのですから』


「ノアは心配症ですね。まだまだ動けますよ」


何より今日は客人が来るのだ。嬉しさが優って多少の無理は気にならない。


「ちょっと狩ってきますね。新鮮なものを食べさせてあげたいですから」


ノアの溜息に送られてシリルはサクルフの森に足を踏み入れる。以前のように動かない身体に鞭打って獲物を探すために走りはじめた。


「ふふっ、すぐに息があがってしまいそうですね」


ピタリとシリルは足を止め深呼吸を繰り返す。

周囲の気配を感じるとまた走り出した。


シリルにとって永遠は呪いだ。

愛する人達を見送る事しか出来ない絶望。

ひとり遺される孤独。


「千年、彼女は待っていてくれるかな。私の姿が変わったから分からなかったらどうしよう」


ーー次こそ貴方そっくりな女の子を産むわ!


男の子ばかり5人。どの子も可愛い子供達だったが、どうしても女の子を産みたいと意気込んでいた最愛の人。


「千年掛かりましたけど無事生まれましたよ。髪色は私に、ですが容貌は貴女によく似た美しい娘です」






狩りを終えて家に戻ると、庭にテーブルがセッティングされおり、沢山の料理が並んでいる。


『お帰りなさいませ御主人様。ああ、見事な猪でございますね』


シリルから猪を受け取ったノアがキッチンへ消えて行った。

シリルは庭に置いてある長椅子に腰を下ろし、青空を見上げ、やれやれと苦笑した。


「子煩悩な竜王ですね」


空に浮かぶ影が音も無く近づくと、ゆっくり庭に舞い降りる。

白銀色の大きな身体が太陽の光を浴びて輝いていた。


『子供達が私の背に乗りたいとせがむのでな』


嬉しそうに語る竜王に、シリルは微笑む。

恐らくシリル自身もお願いされたら断る自信が無いから彼の気持ちは良く分かる。


「おじいさま!」


竜王の背から一人の少女が飛び降り、続いて少女より小さな少年が飛び降りた。

二人とも黒髪に赤の瞳とクルドヴルム王家の色を受け継いでいる。


「やあ!よく来たね。竜王の背はどうでしたか?」


シリルは両手を広げて子供達を抱きしめた。


「ラグナはとっても早いの!お父様のズメイが追いつけないのよ!!」


「僕は早くて怖かったです。お姉様がもっと飛ばしてって言うから」


「そんなに弱くてどうするの?!将来は竜騎士になるんでしょっ!」


シリルは腕の中で言い争いを始める姉弟を見て溜息をついた。クルドヴルム王家の女性はどの子も勝気なのだろうか。


「二人ともお母様は?竜に乗ってくるのかい?」


シリルの問いに口論をやめた二人がシリルを見上げた。


「お母様はお腹に赤ちゃんが居るから転移魔法陣を使うって言ってた」


「お父様はズメイに乗ってるよ」


姉弟が交互に教えてくれるのでシリルは二人の頭を撫でてやる。


「あ!お父様!!」


空を見上げていた少女は白竜の姿を指差す。




「……ああ本当だ」


ゆっくりと降下する白竜。

そして雲ひとつない青空が広がっていた。

クロエのお相手やディアーナの子育てなど、思い付いたらまた投稿するかもしれませんが、一旦完結です。

お読みいただきありがとうございました。

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