19. ディアーナは兄弟子と話す
何も考えずルーの部屋まで全力疾走したディアーナは扉の前で肩を上下させながらようやく我に返った。
キッツ…。勉強はしてたけど運動はダンス位だったから走ると想像以上に…。
そもそも全力疾走するなんて貴族令嬢…一応王族の姫はやらない。ディアーナだったら駆け出す発想はなかっただろう。
そう思うと言葉だけでなく行動も瑠衣果の影響が出ているのが分かる。
もし生き延びられてもこの体力だと色々不便。
王族には戻りたくないし、気兼ねなく生きていきたい。
その為には強くなるだけじゃなくて、体力もつけないとダメだ。
あとは生活の知恵もつけないと…。
ゼーゼーと肩で息をしながら、またひとつディアーナは目標をみつけた。何をしたいか。何をするかは全く決まってない。まずは死なないことが最優先。
その先の事はおいおいで良いとディアーナは思う。
よしっ!と気合いを入れてから腕まくりをして、両手で拳を作る。
何度か深呼吸し心と身体を落ち着けた後、目の前の扉を睨みつけた。
「ルー様。ディアーナです。いらっしゃいますか?」
コンコンと部屋の扉をノックするが返事はない。
ディアーナは眉を顰める。そして両手を扉につけると自分の耳を寄せてから、中の様子を窺うようにそっと目を閉じた。
…衣擦れの音かな?誰かいるような気配はする。
って事は、中にルーは居るのに返事をしないと…。
そう判断したディアーナは身体を離すと、真っ直ぐ扉に向けて向き直る。そうして背筋をピンと伸ばすと大きく息を吸って
「ルー様!お部屋をありがとうございました!!」
そう、大声を張り上げた。
とはいえ、深層の姫であるディアーナの肺は大きくなく、たいした声量にはならなかったが…。
効果は充分だったらしい。
カチャリと音がして、真っ黒な塊が顔を出した。
ディアーナはそれを認めると安堵の息を吐いてから、ニコリと笑う。
「とても温かくて優しい部屋です。ルー様が管理して下さってると聞きました。本当にありがとうございます」
前髪が長いせいで目元は見えないが、頬がほんのり赤みを帯びた。
「別に…大叔父に頼まれたから掃除してるだけだ」
少し俯くと、ボソボソと抑揚が無い声で面倒くさそうに言って頭を引っ込めようとした為、ディアーナは声を掛ける。
「でも実際掃除をして下さったのはルー様でしょう。あそこはわたくしのおばあ様のお部屋だったのです。大切に管理してくれておばあ様も喜びます」
すると弾かれたように顔を上げた。やはり前髪で表情は窺えないが、口がポカンと開いているところを見ると驚いているのだろう。
「きみは…セウェルスの王族なのか?」
初めてルーの声に表情がついたとディアーナは思った。
先程まで頭だけだったルーの身体が、扉から少しだけはみ出している。
前髪の奥からディアーナを見つめているのだろう。視線を感じる先が髪である事に気付き、ディアーナは髪を一房取ると、指に絡み付けるようにクルクルとまわした。ディアーナは白銀色の髪が指に絡まるのを見ながら口を開く。
「わたくしは王色を持たない王女です」
ディアーナは指に絡ませた髪をそっと戻すとルーに向かって笑いかけた。
ルーはピクリと肩を震わせ反応するが、ディアーナは笑顔を崩さないままルーに一歩近付いた。