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【番外編】王女殿下の里帰り

「結婚式までルーに会えないの?」


ディアーナの質問に目の前に座るアナスタシアが肯定する。

アナスタシアは沈痛な面持ちで両手で胸を押さえた。側から見れば姉の気持ちを慮り胸を痛めているようにしか見えない。


「はい。国王に伝わる書物のひとつに『王族が降嫁する時は婚礼の儀式まで相手とは顔を合わせず、声を聞いてもならない』とありました。お姉様の気持ちを思うと心苦しいのですが、セウェルス王家の決まり事ですので…」


苦しそうに吐き出されたアナスタシアにディアーナは眉を下げた。そして少し身を乗り出すと、ふるふると首を振る。


「王家の決まり事なら仕方ないもの。わたくしの事を心配してくれてありがとう。分かったわ、結婚式までは手紙でやり取りするわね」


自分を気遣う声にパッと顔を輝かせたアナスタシアは、瞳を潤ませて頷いた。


「寂しく無いように毎日私と過ごしましょう!もちろん寝る時も一緒に!」


「ふふっ、ありがとうアナスタシア」


顔を綻ばせるディアーナを眩しそうに見つめつつ、アナスタシアは心の中でガッツポーズする。


王家の婚礼でそんな決まり事は無い。

少し調べれば分かる事だが、アナスタシアを信頼しているディアーナが調べる訳が無い。これは全てアナスタシアの計画(イタズラ)なのだ。


(これでお姉様を独占できるし、ルーファス様を悩ませる事ができる!)


ルーファスとの結婚まで2ヶ月。

このくらいの嘘なら許されるだろうと、アナスタシアはニヤリと笑った。





◇ ◇ ◇ ◇

王城の一画にある騎士団の練習場。


見習い騎士達は呼ぶ声に振り返ると一様に破顔した。

遠くから駆けてくるのは鈍色の団服に身を包んだ銀髪に青い瞳の少年。


「みんな久しぶり!!!」


「ディアンっ!!」


笑顔で駆け寄るディアーナに向かって見習い騎士達も走り出す。ガッシリ抱擁を交わした一同にディアーナに付き添っていたクリストファーは口元をひくつかせた。

見習い騎士達は皆男性。ディアーナも性別を偽っているので仕方ない事だが、ルーファスに露見した時を想像し頭痛がする。


「お前いきなり居なくなるから驚いただろっ。ちゃんと報告して行けよな!」


「そうだ!心配した!!ベネット伯爵…いや王女殿下か…護衛に選ばれたのは名誉な事だけどさっ」


四方八方から何も言わずに突然居なくなった事に対する文句が飛んでくる。その全てがディアーナの心配で、ディアーナは胸が熱くなるのを感じた。


「みんなごめん。突然決まった事で伝える事が出来なかったんだ」


四方八方からぎゅうぎゅうと抱擁されてるディアーナが何とか声をあげると、見習い騎士達はようやくディアーナを解放した。


「それでディアン。お前これで任務は終わりだろ?」


「その事だけど…」


ディアーナは目を伏せた。何か悩む様子を見せるディアーナに見習い騎士達は何があったのかと顔を見合わせる。


「ごめん…実は皆に隠していた事がある」


ディアーナの口から発せられた言葉にクリストファーはギョッとする。反対に見習い騎士達は首を傾げてから、その内の一人が口を開いた。


「ディアンが実は女だったって事か?それなら皆知ってるから気にするな」


「え?!」


ディアーナは目を丸くしたが、見習い騎士達は一様に頷く。


「最初は分からなかったけど、2年も一緒に訓練してれば流石に気付くだろ」


「…知ってたの?」


「そりゃ身体つきとか色々?」


初めはやたら綺麗な少年のように見えたディアーナも、成長するにつれ男性とは色々と異なってくる。ディアーナは周りに知られている事に気付いてなかったが、仲間達は逆に気付かれないと思っていたのかと呆れ顔だ。


「驚いたけどディアンはいい奴だしな」

「何を今更」

「強いから気にした事がなかった」


など思い思いに自分の気持ちを伝える。


『ディアン』が女性だと知っていても態度を変える事が無かった仲間達。

ディアーナは益々胸が熱くなり自然と瞳が潤むのを感じた。

本当は女性だった事だけ告げて去るつもりだったが、この仲間達なら真実を告げても受け止めてくれる。

ディアーナは決意すると手の甲で涙を拭い真っ直ぐ仲間達を見つめた。


「……皆には本当の事を伝えたい」


「ディア…ディアン!それ以上はっ!」


慌てたクリストファーがディアーナの肩を掴む。

肩越しにクリストファーを見上げたディアーナは苦笑する。


「嘘をついたまま仲間達と離れたくないの。許して下さいね」


クリストファーへの口調が変わった事に見習い騎士達は目を見開く。固まったクリストファーから見習い騎士達に視線を戻したディアーナは、ゆっくりと右腕にはめられたブレスレットを外した。

ディアーナの髪と瞳がゆっくりと元の色に戻っていくのに、今度は仲間達が言葉を失った。

直接会った事が無い見習い騎士達でも王色を持たない王女の事は知っている。


「ずっと隠していてごめんなさい。わたくしの名はディアンではなくディアーナと言うの」


クリストファーは大きな溜息をついて片手で額を押さえた。

仲間達は状況が読み込めないのか皆無言だ。

ディアーナと仲の良い見習い騎士達は平民だけなので、王女を近くで見た事が無い。女性である事は許容出来ても、まさか王女だとは想像もしていなかった。


(駄目だったかな…)


ディアーナは胸が痛むのを感じる。

正体を明かしたのはディアーナの我儘だ。伝えた事に後悔は無いが、もう仲間と呼んで貰えないかもしれない。






「俺、王女殿下初めて見た」





仲間の一人が口をパクパク動かしながら呟くように言った。

その言葉で石のように固まっていた仲間達がディアーナを食い入るように見つめてから、じわじわと頬を紅潮させる。


「王女って言われても…」

「…ピンとこないな」

「現実離れし過ぎて…良く分からないや」


自由に発言する仲間達をディアーナは黙ったまま見つめている。

やがて仲間達は自分達の考えを纏めたらしい。

王族に向けて騎士の礼を取ったあと、代表一名が声をあげた。


「王女殿下に拝謁致します」


そしてすぐ腕を頭に持っていくと、照れ臭そうに頭を掻く。


「やっぱ駄目だ。王女殿下なのは分かったけど、俺達にとってディアンはディアンだよ」


うんうんと頷く仲間達にディアーナの両手が伸ばされる。

ディアーナの両手を広げても全員一度に抱きしめる事は出来ない。それでも全員を抱きしめて感謝を伝えたい。


「ありがとう!一緒に訓練出来たのが貴方達で良かった!!」


慌てる見習い騎士達と涙を流すディアーナを見つめ、クリストファーは何も言えず苦笑した。




◇ ◇ ◇ ◇


ボキッ。


鈍い音がしてペンが折られた様子にアナスタシアは目を細めうっとりと微笑んだ。


「お姉様は見習い騎士達を抱擁し喜ばれたそうです。その後は僅かな時間でしたが一緒に訓練したようですわ」


「……アナスタシア嬢は俺を怒らせたいのかな?」


「まあ!お姉様が見習い騎士達に好かれている事をお伝えしただけですのに。心が狭過ぎですよ、お義兄様」


お義兄様と呼ばれたルーファスは冷たい瞳だけで返すが、映像越しのせいもあるのかアナスタシアには全く通じていない。

反対にルーファスから放たれる殺気にも近い空気に、側に立つリアムは溜息をついた。


「ではお義兄様。今日もお姉様と一緒に寝るお約束をしておりますのでこれで。またご連絡いたしますね」


アナスタシアは満足気に微笑むと、ぷつりと映像が切れた。


「……ディアーナを迎えにいく」


「落ち着けよ馬鹿。魔物の後処理とか婚礼の準備とかやる事沢山あるだろ。それに…」


そう言ってリアムはチラリとルーファスを見る。


「今頑張らないと10日間の休暇は無理だぞ」


餌をぶら下げられたルーファスは眉を顰め俯くと、「くそっ」と悪態をついて折れたペンを握り潰した。

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