169. ディアーナは奇跡を起こす
"可愛い妹ですね。貴方の想いを勘違いしているところもまた…"
「あれが瑠衣果だ。それでいい」
"あちらの坊やが願ったので瑠衣果の存在を消しますが…貴方はどうしますか?"
「中学生の俺にクラスメイトの記憶を植えつけて近付いたのはあんただろ。あんたが渡したゲームは何処にも売っていなかった。販売元の会社にもゲームソフトの名前は無かった。これはあちらの神というより、あんた自身が楽しむ為の遊戯だったんだろ」
"……分かっていましたか。あちらの坊やはとても素直で可愛かった。とても楽しめましたよ"
琉偉は皮肉気に笑う。
「自分の世界の神が性格最悪って嫌だ…」
"いいじゃないですか。時に愛し、時に無情になる。君の世界が創り上げた神そのものだと思いますよ"
「…勝手に言ってろよ。それより確認する必要は無い。あんたの遊戯を完成させた褒美だろ」
"勿論。ですが良いのですか?忘れた方が幸せという事もあるんですよ"
琉偉は先程までディアーナが立っていた場所を振り返る。
ディアーナは白銀色の美しい娘だった。
瑠衣果も美人の部類に入るが、あれ程までに美しい女性を琉偉は見たことが無い。
(愛されて更に輝きを増す。俺には出来ない事だ)
胸の痛みを振り払うように琉偉は首を振る。
「俺だけは瑠衣果を覚えていたい。それが俺を苦しめる結果になっても、瑠衣果を忘れる事の方が辛い」
"……分かりました。…さて、これで私の遊戯は終わり。また次の遊戯を考えましょうか。……ああそうだ、君と遊びますか?"
「絶対に嫌だ。…あとあちらの世界には手を出すなよ」
琉偉の刺々しい言葉に神の笑う声が聞こえた。
◇ ◇ ◇ ◇
ディアーナはアナスタシアにホールドされて動けないでいた。
周りでは蒸発して消えた竜騎士が何が起こったのか分からず茫然と立っている。
更に見渡すとルーファスは大泣きしているリアムに抱かれ困惑顔だ。
隣に立つクラースも口元を覆って嗚咽していた。
アナスタシアも泣いており、見上げればクリストファーも涙目になっていた。
ネヴァン公爵に至っては声をあげて泣いている。
そんなネヴァン公爵に聖騎士団が若干引き気味になっているのを見て、つい笑みが溢れてしまう。
「ただいま。アナスタシア」
大切な妹。
そう思ったディアーナは胸が痛むのを感じた。
少し前に大切な兄と永遠の別れを告げたばかりだ。
死んだ時に何も言えなかった事を思えば随分とマシだが、それでも辛い。
「お姉様。貴女は奇跡を起こされました。空一面が光り輝いたと思ったら、空から白銀色をした淡い光が降り注いで来たのです。そうしたら亡くなったクルドヴルムの騎士や、ほら…」
泣いているので鼻声のアナスタシアが示す先を見てディアーナは目を見開いた。
基本はディアーナやシリルと同じ白銀色なんだろうが、陽の光を浴びて鱗が七色に輝いている。
「ラグナ?」
ルーファスもラグナの姿を見て泣きそうになるのを堪えているのが分かる。
"あれがラグムートクルドヴルムの真の姿だよ"
頭に声が響いて慌てて胸元を見ると、耳をピョコリと動かしたアルがディアーナを見上げていた。
「アル?」
"うん。この声はディアーナとルーファスにしか聞こえないから安心して"
アナスタシアはアルが動き出したのでディアーナから体を離した。
「アル!身を挺してお姉様を守ってくれてありがとう」
アナスタシアがアルに感謝を告げ、ディアーナは目を丸くしてアルを見る。
ぺろりと舌を出したアルは耳をピコピコ動かした。
"ディアーナの側に居るならこれ位しないとね"
諸悪の根源だったアルがいつの間にかヒーローになっている。
神の力は恐ろしいとディアーナは改めて思う。
「ディアーナ」
低音の穏やかな声にディアーナは顔をあげると、シリルと目が合った。
毒々しい姿ではなく美しい青年姿のシリルはディアーナを抱きしめると、安堵の息を吐く。
「ディアーナが無事で良かった。貴女に何かあったら生きていけなかった…」
シリルの胸に顔を埋めているので表情までは窺えないが涙声だ。
ディアーナとシリルに押しつぶされているアルは"苦しい!"と不満を漏らしている。
ディアーナは少しだけ体を動かしアルを自由にすると、アルは胸元からディアーナを見た。
"嫌いだけど、ディアーナが好きな相手だからこいつも解放してやった"
一瞬何の事か分からず無言になったディアーナは、ハッとしてすぐにシリルの胸元に手を置いた。
「パパ!パパの身体を見せて」
「ディアーナ。流石に人前ではしたないですよ。ってこら」
シリルの言葉を無視してディアーナはシリルの服のボタンを外し胸元を広げた。
「……無い」
アナスタシアは端正な胸元があわらになったので思わず目を見開くが、すぐさまクリストファーの手で覆われる。
聖騎士団は淑女として名高かったディアーナの行動に唖然として動けないでいた。
「パパ!返り血が消えてる」
シリルの上半身を覆う魔王の返り血で作られたシミが綺麗に消えている。
シリルは信じられないものを見るように自らの胸にそっと手を置いた。
"解放されたセシリオスはこれからゆっくりと時を刻んでいく。そしていつか…その生命を終える事になる"
アルはシリルの胸元を眺めつつ淡々と告げた。
その声音からアル自身は不本意だという事を隠していない。
だが魔王の呪いは消えない筈。魔王の呪いはどうしたのかとディアーナは胸元のアルを見下ろした。
アルは鼻先をルーファス達の方向へ向ける。
"彼等が代わるってさ。だから均等に分けてやった"
伝説の武器が宙に浮かんでいる。
グングニルは変化が分からないが、他は刀身の一部が黒く染まっていた。
アルの声が聞こえない筈のシリルも、武器達が肩代わりした事を察したらしい。何とも言えない表情だ。
「ディアーナ」
名を呼ぶ声にディアーナは無意識に腕を伸ばすと、ルーファスに抱き上げられた。
縦抱きにしたディアーナの胸元にアルが収まっている事に気付いたルーファスは、眉を顰めてからアルの首根っこを掴んで放り投げた。
「ルー!なんて事するの!!」
驚いたディアーナの胸元にルーファスの顔が寄せられる。
琉偉の機転がなければディアーナは死んでいた可能性が高い。何も出来なかった後悔がルーファスから滲んでいた。
命懸けで護ってくれたのはルーファスだと、ディアーナは、大切な人の頭を抱えるように抱きしめた。