153. ディアーナは友人を救う
ディアーナはシャーロットを抱きしめ直すとそのまま目を閉じる。
シャーロットが戻る為の道を作らなくてはならない。
それは現実世界で繋がる物だとディアーナは直感的に悟った。
「シャーロット。"生命の欠片"を見て?」
言われるままに自らの左手を見たシャーロットは指輪から空に向かって伸びる青の光を見た。
「シャーロットの事を呼んでるよ。その光がシャーロットを導いてくれる」
「ディアーナ…私怖い。リアムの顔を見て許せなかったらどうしよう」
ディアーナはキョトンとしてからシャーロットの額をチョンとつついた。
「許さなくていいの。言いたい事言ってスッキリしましょう」
そうなのだ。赦しを請うべきはリアムでシャーロットは何も悪く無い。
「ディアーナは?ディアーナはどうやって戻るの?」
「わたくしにも"生命の欠片"があるわ。だから大丈夫。シャーロットは先に行って待っていて」
ディアーナはそう言ってシャーロットを解放する。
フワリとシャーロットの身体が浮かぶと青の光に導かれるように空へ向かって進んで行った。
シャーロットの姿が見えなくなったのを確認すると、ディアーナは寝台で寄り添い囁き合うリアムと娼婦に向き直った。
「娼館通いを許しているシャーロットは凄いと思っていたけど、許せる訳ないよね」
以前リアムは発散しているだけと言っていたから、シャーロットが倒れた原因を知ったら娼館通いは止めるだろう。
あんなにボロボロになったシャーロットを現実世界でも見る羽目になったら、いくらルーファスの側近でも絶対に許せないし軽蔑する。
そこまで考えてからディアーナは膝をつくと、真っ赤な床にそっと触れた。
「シャーロット。この世界は現実にはならないよ」
シャーロットの心の澱が全て昇華される事をディアーナは祈った。
ディアーナの指先から金色の光が溢れ、シャーロットが作り上げた世界を溶かしていく。
「チート過ぎ。流石聖王の後継者だわ…」
溶けて消えていく世界の後には新しく澄み渡る空が広がる草原。
ディアーナは柔らかな風の吹く草原に佇んで空を見上げた。
「願いが魔法になる。ディアーナの力って他に何があるんだろう」
自分の事なのに出来る事が多すぎて若干引いてしまう。ゲームのキャラクターと一言で納得出来ない不思議な気持ちだ。
「これでシャーロットの心が少しでも穏やかになるといいな」
ディアーナはくるりと四方を見渡してから、指に光る"生命の欠片"にそっと口付けした。
◇ ◇ ◇ ◇
ディアーナが目を覚ますと、そこは離れにある寝台の中だった。
枕元にはアルが、指先に触れる温もりでルーファスがそばに居る事が分かる。
窓の外は暗く、深夜のようだった。
「気付いたか」
「シャーロットは?」
「起きたよ。今日は本宅に泊まっていくそうだ」
シャーロットも無事に戻れたと知り、ディアーナはホッと胸を撫で下ろす。
「ねぇルー。リアム様を殴っていい?」
目覚めたばかりのディアーナからとんでもない言葉が飛び出してルーファスは目を丸くする。
ディアーナの言いたい事を察したルーファスは苦笑してからディアーナの頭を撫でた。
「ディアーナの代わりに俺が殴っておいた。大分反省していたよ。婚約破棄だけはしないでくれと泣いてすがってた所までは見たが、後はシャーロット嬢との話し合いだろうな」
それからルーファスはシャーロットが目覚めた後の話をしてくれた。
シャーロットの手を握り締めていたリアムは、目を覚ましたシャーロットに思い切り拒絶されたそうだ。
握り締めていた手を力一杯抜き取るとクロエに助けを求め、クロエの腕の中でようやく落ち着く事が出来たらしい。
「あいつ。初めてシャーロット嬢に拒絶されたから茫然としてたよ。俺はシャーロット嬢の汚い者を見るような目で、何があったか何となく理由を察したが」
ルーファスは撫でる手を止めると溜息をつく。
「本当に大馬鹿だ。一番大切にすべき相手に甘えて結局嫌われて。シャーロット嬢のあの目…俺はディアーナにされたら生きていけない」
一体どんな目で見ていたのか。ルーファスがシュンとするのを見て、ディアーナは首を傾げる。
「だから殴ったの?」
ルーファスがリアムを殴ったのは、戒めと怒り。
大切な者に気付かなかったリアムに対し、殴る事で目を覚まさせた。
「話し合いすら出来なさそうだったからな。俺が殴ったからシャーロット嬢も驚いてたよ」
それはそうだろう。
婚約者が目の前で殴られたら驚かない訳が無い。
リアムへの気持ちも大きいが、ルーファスの行動でシャーロットが冷静になれる事も狙いの一つだったのだろう。
「…今回の事でわたくしは幸せ者だって実感した」
ルーファスはその言葉に目を細めた。
頭を撫でていた手をディアーナに頬まで滑らすと口元だけ微笑む。
「いいのか?ディアーナが逃げ出したくなっても絶対に離さないんだぞ」
クロエに重い男と言われているが、ルーファス自身もその自覚はあるらしい。
ディアーナはルーファスしか知らないので何が重いのか分からないが、答えは一つだ。
両手を広げたディアーナはルーファスに笑いかけた。
「勿論。絶対に離さないで」
ルーファスはディアーナに誘われ、覆いかぶさるようにその身体を抱きしめる。
ディアーナも広げた腕を背中に回してうっとりと目を閉じて微笑んだ。
「わたくしもルーを離さないわ!わたくしに飽きても離してあげない」
「じゃあ俺達は一生離れる事はないな。死ぬまで…いや、死んでもずっと一緒にいたい」
ディアーナを抱きしめる腕に力がこもる。
布越しに伝わる筋肉質なその身体が熱を持ったように熱い。
ディアーナは気持ちだけで行動したが、その無邪気ともいえる行動にルーファスは必死で理性を保とうとしてくれている。
それだけでディアーナの心が満たされるのを感じた。
「ルー…。愛しているわ」
ディアーナはそう言ってもう一度目を閉じた。