145. ディアーナは戴冠式に参列する④
アナスタシアが宣言したのは、ディアーナとルーファスの婚約。
戴冠式の場で宣言した事に流石のルーファスも固まり、ディアーナも唖然とする。
フランドル公爵は居ないので事前に計画されていたかは分からないが、ハリソンも驚いているので思いつきなのかも知れない。
「あの場で言うとは思わなかったわ」
ディアーナの言葉にアナスタシアはペロリと舌を出した。
ディアーナは王色が無くてもアナスタシアの王姉だ。
王色がなくても政治の道具としてディアーナの価値は充分にある。
クルドヴルムへ祖母が嫁いだ事は皆知っていたので、まさかディアーナまで降嫁するとは想像していなかったろう。
「あの場では思いつきだけど、キチンと根回しもしてたのよ。お父様の事が無かったらもっと上手く行ってたのにな」
椅子から投げ出した足をプラプラと揺らしてアナスタシアは眉を下げた。
先王本人は否定しているが、ディアーナを狙ったのは間違い無いと今は自室に軟禁状態だ。
実父に戴冠式で泥を塗られたアナスタシアは辛いだろう。
「幻滅した、が本音かなぁ。お父様が先頭に立って魔物からセウェルスを護ってくれるって少しは期待してたの。だけど違った。お父様は自分が大切」
プラプラと揺らす足を眺めながらアナスタシアの表情が暗く沈む。
「…王には国を守る責任がある。それなのにお父様はその責任を考えようともしないの」
そう言ったアナスタシアの声が掠れた。
口元を引き結んでから何度か瞬きを繰り返して天井を見上げる。
「…だから諦めた。セウェルスの為に最善の行動を、それが私の役目だと思うから」
アナスタシアの気持ちを思い胸が痛くなる。
父親を切り捨てるのは相当の覚悟がいったろう。
本当ならディアーナこそ王姉として側で支えるべきだ。
「側に居てあげられなくてごめんなさい」
ディアーナはアナスタシアの頭を抱えるように抱きしめると、アナスタシアは「ふふっ」と笑う。
「側に居なくてもお姉様は支えてくれているわ。距離は関係無い。お姉様が私を想ってくれているのは知ってるもの」
腕の中からディアーナを見上げる瞳は先程と異なり明るい。
黄金色の髪と相まって陽の光を思わせるアナスタシアにディアーナは心から告げる。
「アナスタシア。貴女が導くセウェルスは光り輝く素晴らしい国になるわ」
「任せてお姉様!私はおばあ様を超える賢王になるから!」
ディアーナの腕の中でアナスタシアは満面の笑みを見せた。
◇ ◇ ◇ ◇
クルドヴルムへ戻った後、ディアーナは王妃教育を受ける事になった。
クルドヴルムの歴史は歴史科で学んでいるし、セウェルスの王族なので教養も身についている。学ぶ必要があるのはクルドヴルム独自の文化くらいだ。
しかも目の前に立っているのはベルマン財務長官。
王妃教育と全く結びつかない相手である。
「王女殿下には王族の商会を運営して頂きます」
戴冠式の後に行われた宴でディアーナの王籍復帰の発表が行われた。
実際に復帰するのはクルドヴルムへの降嫁前になると思うが、ベルマン財務長官の中では"王女殿下"で落ち着いたらしい。その証拠に言葉遣いが丁寧だ。
「…商会…でございますか?」
「左様でございます。商会名はセラフィナ商会。歴史は浅く、クルドヴルム前宰相が設立致しました」
クルドヴルム前宰相はルーファスの祖父だ。言葉は少ないが恐らく王配、王妃が商会の運営を担うのだと言いたいのだろう。
(利益は慈善活動に使われているのか。確かに国の福祉活動だと迅速に動けないからかな…)
ディアーナはベルマン財務長官から手渡された資料に目を通した。
「直接店舗を訪問する事は可能でしょうか」
ディアーナの質問にベルマン財務長官は首を縦にふる。
「…王女殿下は商会の運営に興味がおありなのですか?」
商会を運営しろと言っておいて、今更興味があるか確認するのはおかしくないだろうか。
ディアーナは心の中で文句を言いつつ、表面上は王女時代に培った鉄壁の微笑みを浮かべた。
「商会の運営が王族に還元されるものなら興味はありません。ですがこの商会の利益は国民に還元されます。国を豊かにする手段は多い方が良い。その一端を担えるなら、これほど喜ばしい事はごさいません」
ディアーナの回答にベルマン財務長官の口角が僅かに上がったように見えた。
「それでしたら結構。永らく国王陛下が代表となっておりましたが、これから王女殿下が商会の代表となり盛り立てていって頂ければと存じます」
ディアーナが口を開きかけたところで、大きな音を立てヴァリアン法務長官が入室してきた。
その態度にベルマン財務長官は眉をひそめ冷たい視線を送る。
「何事だ。王女殿下の御前で礼儀がなっていないのでは無いか?」
「わたくしは聞いておりません。王妃では無いベネット伯爵に商会を預けるなど正気の沙汰ではございません」
「王女殿下は両国の承認も得た正式な婚約者だ。王妃教育の一環で商会を預ける事に何の問題がある?」
ベルマン財務長官の言葉にヴァリアン法務長官は唇を噛んだ。
「それでもわたくしが知らぬというのは…」
「セラフィナ商会は王族直轄だ。本来我々に許可を取る必要は無い」
ベルマン財務長官の言う事はもっともで、王族直轄の商会なので誰かの許可を取る必要は無い。ベルマン財務長官もルーファスが多忙だから任されているのだろう。それを理解している筈のヴァリアン法務長官は一体何をしに来たのか。
みるみる顔色が悪くなる様子にディアーナは首を傾げた。
「それだけならば下がれ。王妃教育の妨げになる」
「ベルマン公爵。わたくしはまだ認められません」
ベルマン財務長官は無表情だが、ヴァリアン法務長官に対する拒絶を隠そうとしない。
「ヴァリアン。令嬢を王妃とする為に王女殿下を認められないのか?それとも王色を持たぬ王族をクルドヴルムに迎える事に対する拒絶か?」
「後者でございます。クルドヴルムの未来の為に申し上げております」
「王女殿下はセウェルスの王族だ。それは聖魔法を発動した事で証明されている。以前私が反対したのは王色を持たぬ故、王女殿下は王族の血を引いていない事を懸念したからだ」
「色を持たぬ王族を迎え、陛下の御子に色を持たぬものが現れたら何とするのです」
ベルマン財務長官は持っていた教鞭を机に打ち付けた。
「それをお支えするのが我々の役目だ」
そう断言したベルマン財務長官に、ヴァリアン法務長官は言葉を失った。