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143. ディアーナは戴冠式に参列する②

セウェルスの私室に転移したディアーナを待っていたのはフランドル公爵だった。

ディアーナは多忙なフランドル公爵の出迎えに恐縮すると、フランドル公爵は視線だけで否定する。


「私がそうしたかったのです」


その言葉にはディアーナが正統な継承者である事を理解していながら国の混乱を防ぐ為にディアーナを切り捨てた事に対する後悔を感じる。

セウェルスに必要なのは国を導く王で、王に相応しいのはアナスタシアしか居ない。


「フランドル公爵。わたくしは今、とても幸せでございます」


気にする必要は無いのだと、ディアーナは言外に告げる。

ディアーナの意図を察したフランドル公爵は珍しく相貌を崩した。


「喜ばしい事です」


そう言ってディアーナと共に歩きだす。

二人の後方に衛兵が付き従っているので二人は差し障りの無い言葉を交わして聖王の神殿へ向かう。

ルーファスがセウェルスに到着した知らせを受けてディアーナも移動したのでルーファスも王城内には居るのだろう。


「クルドヴルム国王陛下は神殿でお待ちです」


神殿が近付くにつれて、同じ様に神殿へ向かう貴族達が増えたので視線だけでルーファスを探している事に気付かれたらしい。

フランドル公爵は笑いを堪えるような声で教えてくれた。


(ルーを探しちゃうなんて子供みたいだと思われたかしら…)


恥ずかしくなったディアーナは周りに悟られないよう微笑みを浮かべつつ、内心羞恥に震えた。


そうこうしている内に神殿の入口へ辿り着く。

聖王の神殿は王城内の一画にあり、入口から見える広場には参賀に訪れた民衆でごった返している様子が見えた。

そのまま神殿内に足を踏み入れると、神殿独特の凛とした空気に包まれる。

既に着座している貴族達の視線を感じつつ、フランドル公爵の一歩後ろを歩きながら、ディアーナは与えられた席に着座した。


(……何故この位置?)


まだ伯爵位なのに、ディアーナの席がフランドル公爵より上座になっている。

周りに悟られないようフランドル公爵に視線だけで問うが感情の読めない笑顔を返されるだけだ。


(この笑顔。本当に狸だわ)


ディアーナ達は神殿内の祭壇に最も近い場所に座っている。

紫色の敷物を挟んで対面にはネヴァン公爵家の面々が着座しており、ディアーナへ頭を下げてきた。

丁度ディアーナの真正面に座っているクリストファーに、視線だけで座る位置の疑問を問うても微笑まれるだけで解決にならない。


そして来賓席を見ると、ルーファスとエイセル竜騎士団長がこちらを見ていた。

ルーファスが柔らかい笑顔を浮かべ、それから指を口元に持ってくると小さくその口を動かす。


"だいじょうぶ"


そう言っているのが分かる。

ルーファスは指を膝の上に置いた手に移し、チョンと触れた。


(……あっ!)


ディアーナは視線を落とし、固く握りしめられた拳を見た。

知らず知らずの内に緊張していたらしい。

ディアーナがルーファスに微笑むと、来賓席の後方に座る貴族達が騒めいた。


「チッ…こいつら全員殺してやろうか」

「ダメですよ陛下。ほら、笑顔」


ルーファスが背後の貴族に向けて小さな声で悪態をつき、エイセル竜騎士団長が嗜める。

何を言っているのかディアーナからは良く見えるので苦笑しか無い。


「愛されておりますな」


フランドル公爵が目を細めるのを、ディアーナは頬を染めてはにかんだ。




開始時刻となり、国王夫妻入場の合図に騒がしかった城内が一瞬で鎮まる。

ディアーナは立ち上がり背筋を伸ばして国王の、そして続く王妃の入場を見守った。

久しぶりに見る国王の顔に少し疲れが見え、王妃の表情も曇りがちだ。


(アナスタシアの戴冠式なのに余程ショックなのね)


生みの両親へ向ける感情は相変わらず寒々しい。

愛娘に切り捨てられたのだ。ディアーナに裏切られるよりも堪えただろう。それでも同情の気持ちすら湧かないのは七年前に両親を切り捨てたから。


国王は儀式の手順に沿って自身の頭上に輝く王冠を取り、手に持つとゆっくりと神殿の入口を見つめた。

それを合図に白と金糸の刺繍が施された正装に身を包んだアナスタシアが姿を現した。

アナスタシアは真っ直ぐ前を向くと一歩一歩踏み締めるように祭壇へ進んでいく。

ピンと背筋を伸ばして歩く姿は、普段の明るく朗らかなアナスタシアとは違い威厳に満ちていた。


祭壇で待つ国王の前に辿り着いたアナスタシアは膝を折ると国王に向かって低頭する。

この後国王がアナスタシアの頭上に王冠を授ける事で戴冠式は終わる。しかし国王はアナスタシアを黙って見下ろしているだけ。


(何をしているの?)


ディアーナは国王の様子に眉を顰めた。

幾らなんでも長過ぎる。これ以上時間を掛けると諸侯達もおかしい事に気付くだろう。

国王を見つめると、その口が僅かに動くのが見えた。



「アナスタシア。私達を見捨てるのか?」


頭上から振る声にアナスタシアは目を閉じたまま口を動かした。


「私は国を守る事を選んだだけです。お父様達を見捨ててはいません」

「…アナスタシアに裏切られるとは思わなかった」


尚も続ける国王にアナスタシアは無言で答えた。

国王はゆっくりと周りを見渡すとディアーナの場所で止まる。


「あれが居なければ…。あれが生まれた時に殺しておけば良かった。そうすれば私達とアナスタシアだけで幸せだった。あれの存在が全てを狂わせた」

「……おやめ下さい」


ゆっくりと顔をあげたアナスタシアの瞳には怒りが宿っている。煌々と燃えた紫が国王を射抜くと、国王はアナスタシアに圧されてゴクリと唾を飲み込んだ。


「その手にあるものを私に」


有無を言わせぬアナスタシアの声に誘導されるように国王は震える手でアナスタシアの頭上に王冠を載せる。

王冠を戴いたアナスタシアは立ち上がりながら国王と王妃を哀しそうな瞳で見遣り、参列者に向き直ると手を挙げる。


「新王陛下万歳!!」

「アナスタシア国王陛下万歳!」


神殿内に歓声と新王の名を呼ぶ声があがった。

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