137. ディアーナは学園祭に興奮する
魔物の脅威は拭えないが、ルーファス達の望み通りディアーナは毎日学園へ通っていた。
普段と違うのは護衛が付くようになった事。
そして学園から直接離れに戻らず、王城を経由して戻るようになった事だ。
「前から思っていたけど何故団長が護衛につくのかしら?」
馬車に揺られながら目の前に座るモニカを見る。
真面目な顔で「王妃ですから当然です」と返されてしまうと何も言えない。
まだ王妃じゃないからなんて言おうものなら、その倍の長さで説教されそうだ。
「モニカ。忙しいなら無理しなくても…」
「護衛は送迎だけです。無理ではありませんし、ディアーナを守る事が何より優先されます」
笑顔を見せるようにはなったが、生真面目な気質は変わらない。
(モニカならいいか。この間フェーディーン騎士団長だった時は間がもたなくて辛かったもの)
そうこうしている内に馬車が学園の前に停車した。
ディアーナが降りるとフレディとカティが待っていてくれた。
朝の挨拶を交わすと、フレディが馬車の中に居るモニカに手紙を手渡しているのが目に入る。
(フレディがモニカに手紙?まさか…)
去っていく馬車を見送りながら、フレディの背中をチョンチョンとつついたディアーナは振り返ったフレディに向けて"頑張れ"と両手で拳を作った。
「あれは俺からの手紙じゃないよ。頼まれたんだ」
「そうなの?そっか…。モニカとても綺麗だからてっきり…」
「……彼女は母…。姉上くらいにしか思えないな」
苦笑するフレディの背中にカティの手が置かれた。
「やけ食いなら付き合うよ」
「……その時はお願いするよ」
同じ剣術科の生徒同士、フレディの気持ちを察しているカティは小声でフレディを慰める。
ディアーナは二人の様子に気付く事なく正門をくぐると足を止めた。
後から続くフレディとカティはディアーナの視線の先にある看板を見て「ああ!」と頷きあった。
「ディアーナ、野外授業の後にお休みしてたでしょう。あれは学園祭用の看板だよ」
「学園祭?」
「そう!出店や催し物とかっ!王都からも人が沢山集まるお祭りだよ!」
カティの説明に、ディアーナの紫色の瞳がキラキラと輝きだした。
胸の前で両手を組んで頬を紅潮させながら二人を見たディアーナは「Sクラスの出し物は何ですか?わたくしもお手伝いできますか?」と興奮しながら質問する。
フレディとカティは顔を見合わせると「勿論!」と返した。
「……何だ、あの破壊力…」
「ディアーナ…可愛すぎなんだけど…」
ディアーナがウキウキと足取り軽く前を歩くのを見ながら、フレディとカティはもう一度顔を見合わせた。
「ねえ、うちのクラスの出し物が動物喫茶って知ったら、国王陛下はお怒りになるかな」
「ディアーナは裏方に徹してもらおう。全くクロエに実行委員を任せるんじゃなかった」
執行部の仕事で不在にしていた間に決まってしまったクロエ発案"動物喫茶"。
各々動物に扮したカチューシャをつけて接客する喫茶店だが、クロエの目的はディアーナだ。
普段でさえ破壊力があるディアーナが動物耳をつけて接客する姿を想像しただけで、ディアーナを寵愛するルーファスの嫉妬は計り知れない。
問題はクロエを止められる者が限りなく少ないという事だけだ。
ただでさえ執行部の仕事は山積みなのに、クロエの暴走で面倒事が増えるばかりだとフレディは肩を落とした。
「ディアーナ!ディアーナはウサギが良いと思いますの!」
教室に入ったディアーナにクロエが声を掛ける。
何の事か分からないディアーナに頭を押さえたフレディがクラスの出し物について説明した。
「わたくしがウサギ?わたくし狼とか強そうなのが良いわ」
「駄目ですわディアーナ。ディアーナウサギは最強よ。貴女の輝く白銀色の髪に合わせたウサギ耳に、ふわふわのドレスとまん丸の尻尾。想像するだけで可愛すぎて泣けそうですわ」
身悶えするように揺れているクロエにフレディが指摘する。
「クロエ。衣装は皆同じ筈だぞ。違うのは耳だけだろ」
「いいえフレディ。それではわたくしが…ゴホン。皆が面白くありませんわ。同じ衣装でも個性を出しましょう!」
「心の声がダダ漏れだ…」
「とにかく!Sクラスの実行委員はこのわたくし。フレディは執行部のお仕事を頑張って下さいな」
脱力するフレディの背中にカティの手がポンと置かれた。
周りのクラスメイトも皆フレディに対して同情の視線を送っている。
「…ヴァレンティン」
「げっ…俺?」
ヴァレンティンの腕を掴んだフレディは鬼気迫る勢いでヴァレンティンへ顔を寄せる。
「俺は当日動けない。お前だけが頼りだ」
「いや、俺だって執行部だし、何より剣術じゃないから最恐のクロエに勝てる訳が無い。シャーロットは?彼女なら…」
フレディとヴァレンティンはクロエの側にいるシャーロットを見た。
彼女は楽し気に耳飾りの絵を眺めている。
「クロエ!猫耳も可愛いかも!ディアーナに似合いそう」
クロエ唯一の抑止力がクロエの側に取り込まれていた事で、フレディは天を仰いだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「ウサギと猫ならどちらがいい?」
唐突な質問にルーファスは瞠目した。
一旦考えるように視線を彷徨わせた後、学園祭の時期である事を思い出して頭を抱えた。
「…クラスの出し物は何だ?」
「動物喫茶よ。動物の耳をつけて接客…」
バキッと音を立ててルーファスが手にする筆が折れた。
「……で、ディアーナは」
「ルー…筆が折れてるよ。大丈夫なの?」
側に立っていたリアムが風のような速さで新しい筆を手渡す。
「クロエがウサギ。シャーロットは猫にしろって。ルーはどちらがいいかな」
ルーファスは答えに窮して俯いてしまうと、同じく側に立つハリソンが軽く手を挙げて提案した。
「ディアーナが参加する学園祭だからディアーナの好きな動物にしたら?例えば…アルの耳に似てる狐とか」
「そっか!そうだよね!!ありがとうハリソン。明日クロエに言ってみる」
楽しそうに会話している様子を眺めていたリアムは、そっとルーファスの様子を窺う。
「その日は一日空けておきます。ディアーナ様も楽しみにしていますし、ここは我慢して下さい」
「……シャーロット嬢が見たいだけだろ」
「バレたか。まあいいじゃないか。俺達の可愛い嫁が楽しんでいる姿が見れると思えば」
「ほかの男が見ていてもか?」
「………そいつらは後で消そう」
ルーファスとリアムが不穏な会話を交わしている事など全く気付いていないディアーナは、この世界で初めて経験する学園祭に胸を高鳴らせた。