134. ディアーナは竜王にあう
ベルマン財務長官の部屋から追い出されるように退室したディアーナは扉の前で唖然としたまま暫く動けずにいた。
(あれは励ましてくれたのかしら…)
ゲームの事を知らなければ魔物がディアーナを狙うなんて事は信じられないだろう。
調査報告書に記載された事実を述べられ、その上で気持ちが沈んでいたディアーナに責任を取る方法を明示した。
最後の一言以外、特に優しい言葉を掛けられた訳では無いが、今のディアーナには必要な言葉だったように思う。
事実、道を示され心が軽くなったようにも感じる。
「ありがとうございます」
そう呟くとディアーナは扉に向かって頭を下げた後、ルーファスの執務室へ足を向けた。
「これで良いのか」
ディアーナが去った背中を見守っていたフェーディーン騎士団長にベルマン財務長官の声が掛かる。
「ええ、助かりました」
フェーディーン騎士団長に並んだベルマン財務長官は苦笑した。
「私は事実を述べただけだ。礼の必要はない」
「それでもです。第三者の視点で言って頂く事に意味がある」
ベルマン財務長官は腕組みしてから僅かに首を傾げた。
「分からんな。ベネット伯爵は何故魔物出現の原因が自分自身だと考えているのか。これは天災とも言っていいのに」
フェーディーン騎士団長は目を細めてから顎を撫でる。
「殿下は"神の愛し子"だそうです。あれだけの奇跡を起こせる娘を神は手元に呼び寄せたいのかもしれません。それ故に伝承の中に伝わる魔物が現れた」
「中々想像力が豊かだな。私は目に見えたものしか信じる事は出来ない。故にベネット卿の奇跡が我々を救ったという事実こそ彼女を評価する為の基準になる。彼女が何を考えようとも、その事実は覆されない」
元帥に頭が固いと言われる事が多いフェーディーン騎士団長でも、ベルマン財務長官には敵わないと思う。
だがその考え方が時には救いになる事もあるのだろう。
フェーディーン騎士団長は「そうですね」と、ベルマン財務長官に返した。
◇ ◇ ◇ ◇
廊下を歩いていたディアーナは窓から見える滝に目を留めた。
王城に滝があるのも珍しいと廊下から庭に出ると滝の見える方向に進んでいく。
(あれ?ここって…)
初めての場所なのに頭の中に滝まで向かう手順が浮かび、その通りに進むと岩壁から白い布を垂らしたような滝があった。
瀑布と言っていいその景色にディアーナは既視感を覚える。
迷う事もなく滝に向かって歩いていくと、不思議な事に水がディアーナを避けるように引いていく。
ディアーナは心の赴くままに引いた水で出来た道に足を進めた。
(滝の目の前にきても水が全くかからない)
陽の光を浴びた水がキラキラと、ディアーナの周りを踊るように弾けて飛んでいる。
所々に虹が出来ており幻想的だ。
(すごい綺麗…。王城にこんな所があったなんて)
周りに目を奪われながら滝に触れると、滝が割れて真紅の石が嵌め込まれている岩壁が現れた。
ルーファスと元帥によく似た色を見て、ディアーナはここが何の場所かようやく理解できた。
「ここ、誓約の儀式を行う場所だ…」
クルドヴルムの王族として認められた時に流れ込んできた映像と全く同じ景色。
ディアーナはそっと石に触れ、瞬きした瞬間。
その体が大きなドーム状の空間に移動した。
「儀式の間?」
セウェルスの聖王の神殿と違いドーム全体が赤に覆われている。
ドームの一画が薄い布に覆われており、そこに映る影は大きい。
『こちらへおいで。聖王の娘』
低く穏やかな声がしたので、言われるまま布の奧に進むと、ドレスのスカートをつまんで礼をした。
「お会いできて光栄にございます。竜王陛下」
ディアーナの目の前に鎮座するのは艶やかな漆黒の鱗にルーファス達と同じ真紅の瞳を持つ巨大な竜。
エルガバル英雄伝説で主人公達が最後に戦う、真のラスボス。
『私もだ。さあもっと近くにおいで』
黒竜は赤く濡れた瞳を細めるとディアーナを促した。
『ああ…セラフィナにも良く似ている』
「セラフィナ?」
『おや、セシリオスは妹の名を伝えていなかったのかな?クルドヴルムの母でもあり、私の番の名だ』
「…初代竜王の名はラグムート…では?」
ディアーナはクルドヴルムの始祖、歴史書に書かれている竜王の名を告げると、黒竜は小さく笑う。
「私の名はラグムートクルドヴルム。人としての名はラグムート・ロイ・クルドヴルム」
ディアーナは驚きのあまり、目を見開いたまま動けずにいる。
竜王ラグムート・ロイ・クルドヴルム。
シリルの正体を知った時の違和感はこれだったのだ。
シリルは妹が居ると言ったが、歴史上の竜王は男性。
あの時感じた僅かな違和感が解消すると共に、聖王だけでなく竜王までもこの世界に留まっている事に驚きしかない。
『番でもあり主でもあるセラフィナが竜王になるべきだと言ったが、彼女がそれを望まなかった。それ故、私は竜王として即位したのだよ』
「そして代々の国王と命を繋ぐ。それが誓約の儀式だ」
背後からルーファスの声がしてディアーナは振り返った。
腕組みをしたルーファスは苦笑したあと、ディアーナの隣に立って黒竜の鼻先を撫でる。
「儀式の間に誰かが入ったのを感じた。すぐディアーナだと分かったけど、俺から紹介したかったな」
そう言ってルーファスはディアーナの腰に手を添えると黒竜を見上げた。
「ラグナ。彼女がディアーナだ」
『ああ知っているよ。毎日君に聞かされているからね』
「…毎日では無いだろ。たまにだ、たまに」
気さくなやり取りにディアーナは首を傾げると、ルーファスが「ああ、そうか」とディアーナに微笑んだ。
「俺は物心つく前からここで遊んでいたんだ。ラグナは俺の大切な友人の一人だよ」
儀式の間が遊び場で良いのかディアーナには理解出来なかったが、ディアーナにインプットされた儀式の様子はもっと厳格なものだ。
恐らく儀式とは無関係なところで純粋に遊び場だったのだろう。
『私をラグナと呼ぶのは王族ではルーファスだけだ。ディアーナ、君にもそう呼んで貰えると嬉しい』
黒竜ラグナはディアーナに顔を寄せると、赤い双眸でジッと見つめてくる。失礼な事は出来ないと断りたかったが、ルーファスと同じ色で見つめられると断る事も出来ずディアーナは承諾した。