14. ディアーナは思案する
祖母にシリルの弟子になると報告すると、喜びながらも少しだけ残念そうな様子を見せた。
シリルに弟子入り出来なければ離宮で一緒に生活しようと考えていたらしい。そこで新たに教師を雇う予定だったと告げられた。
ディアーナの周りで愛情を注いでくれるのはアナスタシアしか居ないと思っていたが、それは思い違いだったようだ。
確かに朧げではあるが、祖父や祖母は愛情を注いでくれていた記憶がある。
あの父親が祖母達と距離を置かなければ何か変わっていたのかもしれない。
今更言っても仕方ないけど…。
「ディアーナ。せめて今日は泊まっていって頂戴。出発は明日でも良いでしょう。もちろん通いでも良いのよ」
「ティアだって弟子の時は一緒に暮らしたでしょう。折角出来た娘…弟子ですから、修行中は私の家で面倒をみますよ」
「師匠、本音が透けてましてよ。それにわたくしの時とディアーナの状況は違いますわ」
ディアーナを挟んで、ディアーナの取り合いをするシリルと祖母に、ディアーナの胸が温かくなるのを感じた。
そろりと手を伸ばしディアーナはシリルと祖母の手をギュッと握る。
弾かれたようにディアーナを見るふたりの視線にディアーナは少しだけ頬を赤くしそれぞれを見ながら上目遣いでお願いした。
「おばあ様。修行ですからわたくしはお師匠様の元で暮らします。でもたまには遊びに来ても良いですか?」
「お師匠様。たまにおばあ様の離宮に泊まりに行っても良いですか?」
シリルと祖母は「勿論!」と微笑む。
それを見て、ディアーナは破顔した。
「ああ、でもお師匠様は寂しいなぁ。父様でも良いのだよ」
「わたくし、師匠を息子に持った覚えはございませんよ」
またシリルと祖母の攻防が始まった。
父様は祖母の反対もあるし正直微妙なのでシリルの希望を叶えつつ、祖母の理解を得られる呼び方を思案する。
「パパ…ではいかがでしょうか…」
正直それもどうかと思うのだけど。
ダディやパードレとかプロフェッサーとか他にも色々有るけど、呼び易い名前がいい。
パパなら瑠衣果が子供の頃に使っていたし。
うん、安易だけど一番マシ。
こちらの世界は父親をパパと呼ぶ概念が無い。
正しい意味を伝えると祖母に反対されそうなので「父のようなお師匠様」と濁しておいた。
「う〜ん、聞いた事ない言葉だけど特別感があって良いね」
「仕方ありませんわね。不本意ではありますが…」
ふたりとも納得してくれたらしい。
ディアーナは心の中でホッと息をついた。
「では私は一旦家に戻ってディアーナの部屋を準備しないとね」
張り切っているシリルに祖母は「ディアーナはピンクを好みませんよ」とニッコリ微笑んだ。
シリルはピクリと眉を顰め「あの子と同じような事を言って」と、唇を尖らせた。
ディアーナにはふたりが何を言ってるか良く分からなかったが、危うくピンクの部屋になるところだった、という事は理解出来た。
「ああそうだ。私の家にはもう一人弟子が居てね。ディアーナの兄弟子になるから明日紹介しますね」
シリルはウインクすると転移魔法を使ったのか、その場から姿を消した。
「賢者シリル様は想像と少し違う方で驚きました」
祖母に対して素直に感想を述べるが、祖母は前を見つめたまま反応しない。
「おばあ様?」
祖母の名を呼び、ようやく気付いたらしい。
「ごめんなさいね、ディアーナ」と、祖母は眉を下げた。
気にしていないとディアーナは首を振る。
おばあ様は何を考えていたのだろう。
ディアーナは祖母の様子に疑問を感じたが、それを祖母へ尋ねる事は出来なかった。