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133. ディアーナは後ろを向く

「フェーディーン騎士団長!」


廊下を歩く真紅の団服を見つけたディアーナは、フェーディーン騎士団長を呼び止めた。


「これは殿下。どうかなさいましたか?」


ディアーナを認めていなかった頃と違い、振り返ったフェーディーン騎士団長から発せられる声は柔らかい。

ディアーナはフェーディーン騎士団長の正面に立つと、ジッと黄色の髪色と同じ色彩の瞳を見つめた。

ディアーナに見つめられたフェーディーン騎士団長は視線を逸らす事も出来ず、かと言って何て言えば良いか分からず戸惑う様子を見せる。


「フェーディーン騎士団長。わたくしは此度の魔物討伐で命を落とした騎士に…ご家族に謝罪をしたいのです」


自分のせいで騎士が亡くなった。

それは日を追う毎にディアーナの心に重くのしかかる。

自己満足と言ってしまえばそれまでだが、恨まれても罵られても、遺された人に謝罪しなくてはと焦燥感ばかり感じてしまうのだ。


フェーディーン騎士団長はディアーナの気持ちが分かるのか、眉を下げた。

今回犠牲になった騎士は平民だけ。中には身寄りが無い者、ディアーナに紹介するような家庭では無い者も居る。


「殿下。そのお気持ちだけで充分です。遺族には生活に困らないだけの見舞金が贈られます。殿下が赴く必要はありませんし、そもそもあれは殿下の責任ではありません」


フェーディーン騎士団長の言葉にディアーナの表情が曇った。


「フェーディーン騎士団長もご覧になっていらっしゃったでしょう。魔物はわたくしを狙いました。わたくしの存在が無ければ魔物が現れる事も無く、騎士が犠牲になる事も無かった」

「果たしてそうでしょうか」

「え?」

「殿下がその命を捧げたとしても魔物が止まるとは思えない。奇跡の力を持つ殿下が亡くなれば魔物の勢いは増し、王都に迫ったやもしれません。そして、我々騎士団は民を護るのが役目。その為に我らは在る」


フェーディーン騎士団長のゴツゴツとした手がディアーナの肩に置かれた。


「あまりご自身を責められませんよう。それでは騎士は浮かばれません。殿下が責任を感じているならば時々でいい。騎士達の事を思い出して欲しい」


太く低い、そして優しい声音でフェーディーン騎士団長はディアーナへ語りかける。

ディアーナは瞳を潤ませると涙をこぼさないよう何度も瞬きを繰り返す。


フェーディーン騎士団長の言葉にディアーナを責める気持ちは一切感じられない。

尚更自らの選んだ道が歪めた結果にディアーナは心が重くなる。


(ディアーナが死ねば、誰も傷付かずに済んだかもしれないのに)


励ますように肩を数度叩いて去っていくフェーディーン騎士団長の背中を見つめながらディアーナは深い息をはいた。

きっと元帥やカルステッド幻術師団長に言っても無駄だろう。皆が悪くないと言うが、本当にディアーナさえ居なければ死ななかった命だ。それに責任を感じないなんて、そんな事は出来ない。


「そこで何をしているのだ」


冷たい声に振り返ると財務長官ベルマン公爵が立っていた。

ディアーナは沈む気持ちを抑え込みベルマン財務長官に向かってカーテシーする。


「ベルマン公爵閣下。わたくしは…」

「そこに立たれていると目立つ。私に付いて来なさい」


返事を待たずに歩き始めたベルマン財務長官を慌てて追うディアーナを気にする事なく、財務長官の執務室まで歩を進めると、そのままディアーナを部屋に通した。

訳も分からぬまま執務室に通されたディアーナは、そのまま長椅子に座るよう指示される。

ベルマン財務長官は執務机に置かれた書類をディアーナに手渡した。


「これは?」

「先日の調査報告書です」


目線だけで内容を確認しろと指示されたので、書類に目を通した。

先日の魔物の発生から収束までの一連の経緯が詳細に記載されている他、犠牲者、怪我人などの数も纏められている。


「ご覧になって何か思う事はございますか?」


ベルマン財務長官が感情を乗せない声で問う。


「…わたくしのせいで犠牲が出ました。わたくしは亡くなった騎士の方々、その家族に何と謝罪すれば良いか分かりません」


ディアーナは書類に視線を置いたまま、思った事を返すと、ディアーナの頭上から呆れにも似た溜息が聞こえた。


「聡明な王女殿下と聞いていたが…」


ディアーナの肩が震えるが、ベルマン財務長官は続ける。


「その数字をご覧なさい。あの場に居た騎士は200名、幻術師は100名。怪我人は合わせて50名。死亡者は10名。魔物の数は優に千を超えていたと記載されている」


その言葉に顔をあげたディアーナはベルマン財務長官の意図が分からず、不安気に眉をひそめた。

ベルマン財務長官は「まだ分からないのか」と呟いてから書類を指差す。


「この数で済んだのはどうしてです?数では圧倒的に不利だった我々が10名だけの犠牲で済んだのは、ベネット伯爵の力が大きい」


ディアーナはベルマン財務長官の言わんとしている事が理解出来、大きく首を振る。


「違います。本来なら誰も犠牲になる必要なんてありませんでした。わたくしが居たせいで10名もの犠牲が出たのです」

「たらればの話をしているのではありません。ベネット伯爵が魔物を呼んだかは報告書には書かれていない。そこに記載されているのは魔物を消滅させたのはベネット伯爵だと、その事実だけです」

「それでも…」

「ベネット伯爵が目的だと魔物達が言ったのですか?それとも断言出来る何かがあるのですか?」

「それは…」


ベルマン財務長官に"ディアーナは死ぬ筈の人間"とは言えない。


「…言えません。言えませんがわたくしの責任です」


再度俯いたディアーナを見下ろしたベルマン財務長官は、しばらくの無言のあと「自己犠牲が美徳とでも仰るのか?」と呟く。


「あの時、我々に啖呵を切った方とは思えない言い様ですな。責任を取って自害でもなさるか?それで犠牲になった騎士が帰ってくるのか?」


ベルマン財務長官はゆっくりと膝を折ると、俯くディアーナを見つめながら静かに言う。


「それを責任だと仰るなら、前を向き導く事が責任を果たす事では無いでしょうか。騎士が護りたかった親しい人や国民を護る事が、騎士に対する供養であり、責任だと私は考えます」


弾かれたようにディアーナはベルマン財務長官と視線を合わせた。

ベルマン財務長官はディアーナに対して何の感情も抱いてはおらず、ただ事実だけを述べているように感じる。


「貴女様のお陰で救われた命もある。その事を忘れないで頂きたい」

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