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132. アナスタシアは父を諦める

「お父様は魔物と戦う覚悟はありますか?」


セウェルス王の執務室。アナスタシアに甘い父親の目は柔らかく、アナスタシアが宰相と聖騎士団長を伴って現れた違和感を感じる事は出来ないでいた。


「何を言っているのだアナスタシア。そんな事よりもアナスタシアの好きな菓子を取り寄せたから一緒に休憩しよう」


国王は側に控える侍従に指示すると、それをアナスタシアが手を軽くあげて制し、国王を見つめた。


「お父様。"そんな事"ではありません。魔物の出現に対する対策は急務です」

「アナスタシアはそう言うが…実際何も被害は出ていないではないか。魔物を見た者も居ない。そもそも魔物は伝説上の生き物だ。心配する必要はないよ」


その時の映像を見ていないとはいえ、余りにも浅慮な言葉にアナスタシアは心が冷えていくのを感じる。


「……お父様。私に王位を譲ってはもらえませんか?」


真っ直ぐ国王を見つめてアナスタシアは告げた。

ピリピリと張り詰めた空気に国王はアナスタシアの言葉が冗談では無い事に気づく。

僅かに動揺した国王はそれを覆い隠すように笑顔を貼り付けた。


「アナスタシア。其方はまだ16だ。即位するのは早いよ」

「おばあ様も16で即位しました。お父様が魔物から

この国を護るつもりが無いなら私が護ります」


祖母の話題に国王は眉をひそめた。

普段明るく朗らかなアナスタシアは感情を窺わせず、威厳をもって対峙する様子に、国王はいよいよ動揺を隠せなくなった。


「な、なにを言うのだアナスタシア。今日は一体どうした?誰かに何か吹き込まれたのか?」


その言葉にフランドル公爵が一歩前に出て低頭する。


「陛下。魔物の出現は誠でございます。今回は賢者の力で事なきを得ただけ。次こそ少なくない被害がございましょう。…その時は国王として先陣を切って頂く必要がございます」


フランドル公爵の言葉に目を見開いた国王は、助けを求めるようにネヴァン公爵を見つめた。


「我ら聖騎士団はセウェルスの為に命を賭して戦いましょう。しかし国民の不安を抑える為、陛下に戦地まで赴いて頂く必要がございます」


ネヴァン公爵が静かな返答に国王はブルブルと震え出す。

フランドル公爵が告げた言葉、ネヴァン公爵の返答にようやく現実味を帯びたらしい。


「私には無理だ。私は死にたくない」

「ですから私が王になりセウェルスを護ります」


国王は首を振って否定する。

自分も戦地に赴きたくないが、アナスタシアを戦地に赴かせるのも不安だ。ならば他に方法がないか、国王は暫く無言で思案した後、表情がパッと明るくなった。


「あれが居るではないか。魔物討伐の間だけ国王の代理を務めさせればいい。アナスタシアは平和になった世で即位すれば良いのだ」


あれにも良い使い道があったかと、満足気に微笑む国王を見てアナスタシアはその愛らしい顔を歪めた。

冷え切っていた感情が、ふつふつと泡が弾けるように熱くなってゆく。


「…お姉様を戦地に赴かせるといいましたか?」

「そうだよアナスタシア。これで私もアナスタシアも安全だ」

「………お姉様だってお父様の子です」

「あれは私達の子では無い。ああそうだ、魔物の子では無いか?でなければーー」

「それ以上仰らないで!!!」


国王の聞くに耐えない暴言にアナスタシアは怒鳴った。

幼い頃から優しく優秀で、憧れている誰よりも美しい姉に対する暴言にアナスタシアの血が沸騰し、怒りに全身が熱くなる。


「私のお姉様を侮辱しないでっ!!私とお姉様の違いは色だけよ!」

「王色を持たない出来損ないなぞ私の子では無い!アナスタシア、其方も目を覚ましなさい。あれは人間の皮を被った魔物。私の娘はアナスタシア一人だ」

「…お父様は私が色無しでも娘だと言える?お姉様が王色で私に色が無かったら、それでも私を娘だと言えるの?」

「…な、なにを言っているのだ。アナスタシアには王色があるだろう」


嗚呼駄目だ…と、アナスタシアは諦めた。

両親に愛されたのはアナスタシアだからでは無く、両親が望む色を持って生まれたから。アナスタシアが色無しだったら両親はアナスタシアを愛さない。

分かっていた事だが、両親の愛情はアナスタシア自身に向けられたものでないと改めて実感する。


「お父様。…いいえ国王陛下。私は…」


アナスタシアは目の前に座る国王を憐みのこもった瞳で見つめた後、そっと目を閉じた。









◇ ◇ ◇ ◇


「即位が決まった?」


想像以上に早い報告にルーファスは顔をあげた。

ハリソンは複雑そうな顔をして「はい」と頷く。


「そうか。…アナスタシア嬢はいずれ賢王と称される王になるかもしれないな」


ルーファスは素直な感想を口にした。

側に立つリアムは微笑み、ハリソンは首を傾げる。


「王族も人間だ。国の為でも父親を切り捨てるのは想像以上に辛いものだよ」


静かに語るルーファスの意図をハリソンは理解した。

ハリソンの父、フランドル公爵からの情報では、アナスタシアは父親から退位の言葉を引き出そうとしたが失敗した事。そして最後は父親の政治、ディアーナに対する罪などを並べたて、最後は脅しに近い形で退位に追い込んだと聞いた。

それは愛情を受けて育ったアナスタシアが個人の感情より国を取った事に他ならない。


「君が王である彼女を支えてやれ。それは宰相となる君にしか出来ない事だ」


ルーファスはチラリとリアムに視線を移すと、リアムも同じ様にルーファスへ返して微笑む。

その様子を見たハリソンは小さく笑うと「全身全霊でお支えします」と低頭した。


「クルドヴルムから祝いの品を贈ろう。そして未来の義妹に、何かあれば力になると伝えてやってくれ」

「陛下はアナスタシア王太子を認めていらっしゃるのですか?」


顔を合わせると喧嘩腰の二人にハリソンが素朴な疑問を投げかけた。


「ディアーナの事を心から愛してくれる家族は彼女だけだ。姉離れして欲しいとは思うがディアーナへの愛情は疑いようも無い。その彼女を認めない理由も無いな」


柔らかく微笑むルーファスにハリソンは苦笑する。

ルーファスにとってセウェルスの価値はディアーナの味方であるか無いか。その一点に尽きる。


「ハリソン・フランドル。私は君の事も信用しているよ」


そう言ってルーファスの目が細められた。

言葉とは裏腹の牽制にハリソンはコクリと唾を飲み込む。


(父上が俺を残したのはこの為か)


ディアーナへの気持ちが諦められないのに何故クルドヴルムに残したのか疑問だったが、ようやく納得出来た。


(…こんな重い男。俺には敵わないや)


ハリソンは目を閉じるとルーファスに向けて苦笑した。

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