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閑話⑦-6 モニカ・カルステッドの恋

元帥の執務室を訪れたモニカは、書類に向かっている元帥に低頭した。


「お忙しいところ申し訳ございません」

「いや、丁度休憩しようと思っていたところだ」


元帥は書類を置いて立ち上がると、側に控えていた騎士に退室を命じた。


「この歳でも流石に女性と二人きりになるのは問題だから執事精霊だけは置かせて欲しい」


先程まで気配を感じなかったが、扉の前に元帥の執事精霊が立っている。

元帥はモニカが何をしに訪れたのか全て察しているのだろう。


(入室するまで何て言おうか緊張していたのが馬鹿みたい)


モニカが小さく笑うのを見て、元帥は目を見開いた。


「ディアーナ様のご様子は如何ですか?」


モニカにとっては最も気にかかる事だ。

護衛と言いながら守る事が出来なかったのが申し訳ない。


「元気だよ。もっともルーファスに監視されていてベッドから起き上がる事も許されないようだけどね」


ディアーナが気を失った時の動揺は、逆にモニカ達を冷静にさせるくらい酷かった。

誰が呼び始めたのかは知らないが"氷の陛下"の氷どころか子供のように狼狽していたルーファス。

あんな姿を見ていたら、ルーファスの、クルドヴルムの為にディアーナは無くてはならない存在だと痛感してしまう。


「それは何よりです。お元気になられた頃、お伺いしても宜しいでしょうか」


初めてオルサーク邸を訪問したいと願うモニカに、元帥は柔らかく微笑むと「もちろんだ」と返してくれる。

モニカは一呼吸置いてから元帥を見上げた。


「……元帥閣下。私は元帥閣下をお慕いしておりました。それが恋だと自覚したのは婚約の件で王城を訪問した時です。…ですが今思えば、初めて頭を撫でてくれた時から、私を未来の幻術師団長と呼んでくれたあの時から、私はずっと元帥閣下をお慕いしていたのだと思います」


穏やかな表情で言い終えたモニカは満足したのか、ゆっくりと広角があがると、ふわりと微笑んだ。

モニカの笑顔に元帥は何度か瞬きすると、昔と同じようにモニカと目線を合わせるようにして、その頭を優しく撫でる。


「ありがとう」


元帥の言葉はそれだけだったが、頭を撫でる手が優しくて、モニカの瞳に今迄堪えていた涙が浮かぶ。

モニカの背中に元帥の腕が回されると、泣き出したモニカを優しく抱きしめた。

子供をあやすように背中を軽くたたきながら、モニカが泣き止むまでずっと抱いていてくれた。






執務室を後にしたモニカは、廊下の窓にある雲一つない美しい青空を見上げた。


「空ってこんなに綺麗だったのね」


自分の気持ちを伝え、気の済むまで泣いたせいか。

それともディアーナが言ってくれた言葉のせいか。

白黒だった世界が、今は色鮮やかに映る。


(きっと全部ね。こんなに心が軽いのは…)


「モニカ!!」


モニカの名を呼びながらマティアスが血相を変えて駆け寄ってきた。

一体何事かと眉を顰めたモニカに、マティアスは動揺しながらモニカの肩や腕を遠慮なくバンバンと触り始める。


「…何をするのですか」


先程まで良い気分だったのに途端に気持ちが急降下していくのを感じた。


「あーよかった!」


マティアスはその場でしゃがみ込むと安堵の溜息をついた。


「はい?」

「モニカに怪我が無くて良かった。陛下は飛び出して行くし、王都には俺しか居ないし、助けに行きたくても行けなかったから心配してたんだよ」

「はあ…?」


怪我をしても治癒出来るのでマティアスが心配する意味が理解出来ない。

マティアスは勢いよく立ち上がるとモニカの肩を掴んだ。


「モニカ。結婚しよう!」

「…………は?」

「俺にはモニカが必要だ。妻であれば大手を振ってお前を守ってやれる」


普段不真面目なマティアスが真剣な顔でモニカに告白する。


「エイセル公爵。公爵夫人が亡くなられたので寂しいお気持ちは分かりますが、女性は他に沢山いらっしゃいますよ」

「他の女性とお前は違う。俺はお前が本の虫と呼ばれていた頃からずっと好きだったんだ」

「……あの頃、貴方と私が出会う機会は無かったと思いますが」

「だからっ。お前、親父さんと一緒によく王城に来ては図書室に篭ってただろ。俺は騎士だったからお前の姿を見かけてたんだ」


マティアスが言うように、10歳位の時はよく父親と一緒に登城しては図書室に篭っていた。

本を読むのに没頭していたモニカは全く周りを見ていなかったが、マティアスはモニカを見ていたということか。


「ふっ…ふふっ…」


幼いモニカを陰から見守るマティアスを想像するだけでおかしくて、笑いが漏れる。


「お前…」


マティアスはキョトンとした後、嬉しそうに目を細めた。

モニカは口元を隠していた手を下ろすと、マティアスへ笑顔を向けた。


「お断りします」

「は?」

「ですからお断りします。あの頃18ですよね。幼い私に声も掛けず見てるだけだなんて……気持ち悪いです」


モニカは真顔になってから、固まるマティアスの横を通り過ぎていく。


「それ誤解だから!お前が覚えてないだけで俺は何度もっ!おいモニカ待て!!」


慌ててモニカの後を追うマティアスの背中を見守る影が二つ。






「……なんだか済まないな。明日にすれば良かった」


ルーファスが気まずそうな顔で隣に立つフレディを見た。

父親の求婚から振られる姿を目の当たりにしたフレディは苦笑する。


「いえ、父に想い人がいる事は母から聞かされておりましたから」

「公爵夫人から?」

「はい。死ぬ間際に母から全て聞かされました。両親は政略結婚でお互い想う相手が居たと」

「…それは」

「両親は夫婦であり親友だったそうです。二人共仲が良かったので聞かされるまで気付きもしませんでした」


そう言ってフレディは腕に抱くアルの頭を撫でる。


「母から父が再婚するなら、その人こそが父の想い人だと。だから全力で応援して欲しいと言われました」

「……そうか。では物事が上手く運べば、私の承諾だけだな」

「ははっ、そうですね。…あの頃は母の気持ちを理解しきれない自分が居ましたが、今は気持ちが分かります」


ルーファスは爽やかに笑うフレディをチラリと見てから溜息をつく。


「俺の苦労は増すばかりだな」

「辛くなったら遠慮なく仰って下さい。丸ごと私が請負いますから」

「…死んでも渡さんよ」


ルーファスとフレディは顔を見合わせて笑い合った。

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