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閑話⑦-5 モニカ・カルステッドの恋

斥候からの報告では"腐った人型をした何かが湧き出るように向かってきている"という事だった。

相手が何であれクルドヴルムに向かってきている以上は相手をしなくてはならない。


騎士団と幻術師団の展開する場所が見える丘の上に陣が構えられると、姿を消した元帥がディアーナを連れ戻ってきた。

斥候からの報告を受けるフェーディーン公爵は、ディアーナがその場に居る事が気に食わないのか不機嫌だ。

ディアーナが発言を始めた後、殺気立ったフェーディーン公爵にディアーナが負けじと対峙する姿が目に入る。


「王は国民の幸福とその生命を守る為に存在する。わたくしはそれを守りたい」


そう断言したディアーナにモニカは目を見張った。


(国王は王族を繋ぐ為にあるもの。何を犠牲にしてもそれが最優先な筈)


王族の一員だったディアーナから発せられたのは、モニカには理解出来ない言葉だった。

モニカは王族の犠牲になって恋だけでなく全てを失うところだったのだから。


(彼女は何を考えているの?)


それは初めてディアーナという人間に関心を持った瞬間だった。


(もう少し彼女を近くで見ていたい)


「元帥閣下!」


モニカは元帥を真っ直ぐ見つめて声をあげた。

元帥の赤く艶やかな双眸がモニカを見つめている。

最後に目を合わせたのはいつだったか。

無意識に目を合わせないようにしていたモニカだったが、今は視線を逸らす事なく続けた。


「ディアーナ様の護衛は私の務め。私もディアーナ様と参りましょう。暫しの間、幻術師団の権限を閣下にお返し致します」


「……許可しよう。ディアーナを頼む」


モニカは元帥の返答に低頭する事で応えた。






護衛の為に同行したディアーナが、鼻の曲がりそうな腐臭を柔らげようと無詠唱魔法を使用したのを見て、モニカは驚いた。

賢者に師事すれば誰もが無詠唱魔法を使えるようになるのか。純粋な疑問を投げかけたところ、オルサーク公爵夫人も賢者に師事していた事を知り、モニカは自分でも驚く位に動揺した。

元帥との出会いが何であったか疑問だったが、賢者の弟子同士だったのかと合点がいく。

そこからディアーナは火属性の技が敵に有効だと伝えると、一人で核を探しに行くと言い出した。


何の為の護衛なのか。クラースと一緒に止めてもディアーナは頑として譲らない。

モニカはディアーナの頑固な姿勢にふつふつとした怒りが湧き上がるのを感じた。


「クルドヴルムの国民を誰一人傷付けたくないのです。わたくしはセウェルスの人間です。お二人は陛下の守るべき方達をお護り下さい」


それはモニカにとって絶対に聞きたく無い一言だった。

元帥もルーファスもセウェルスの人間を愛した。

元帥に至ってはその一生を捧げる程に深く、モニカや女性達の誰を傷つけても、その意思を変える事は無かった。


(心を捕らえたのはセウェルスなのに。それなのにいざとなれば線引きするのか…)


「だから私はセウェルスが嫌いなんだ…」


怒りに任せて噛んだ唇からは血が滲み、その拳が震えている。


「セウェルスの民なら陛下を解放しなさい。長年縛り付けておいて、結局その手を取って…。貴女がクルドヴルムを拒絶するなら二度と陛下の前にその姿を現すな!」


モニカは初めて、感情のままに叫んだ。

ディアーナはモニカの叫びで心の内を悟ったのだろう。

怒るでもなく静かにモニカを見つめると、ポツリポツリと語り始めた。


「わたくしは死ぬ筈でした。それでもわたくしは生きたかった。死にたくなかった」


今まで幸せを享受していたと思っていたディアーナの口から語られた言葉にモニカは唖然とする。


「ですが運命はどうしても殺したいらしい。幸せになれると思うと、このようにわたくしを殺そうとする。……ですからこれはわたくしの責任。わたくしが全てを背負い、滅するものです」


それはとても静かで、預言者のような、それでいて慟哭に近い気持ちが伝わってくる。

モニカが想像する以上に、ディアーナの生きてきた道のりは平坦では無かったのだろう。

だがモニカにとって優先すべきは元帥でありルーファスだ。


「ベネット伯爵。…陛下を解放するつもりはありませんか?」


セウェルスの人間だと言うならルーファスを解放して欲しい。ディアーナが去ればルーファスも諦めて然るべき家門から妻を娶るだろう。

モニカも同じように元帥への想いを諦めようと、忘れようと、辛くても苦しくてもずっと努力してきた。

ディアーナとルーファスに出来ない事は無いと思う。


「解放するつもりなら受け入れてはおりません。わたくしはルーファスを愛しています。それは…祖母ティターニアも同じです」


迷いなく答えたディアーナにモニカは目を大きく見開き固まった。


「カルステッド幻術師団長。わたくしがルーファスの元を去ったとしても、ルーファスはわたくしの唯一です。ルーファスが幸せであれば、わたくしはそれを糧に生きていくでしょう。愛する気持ちを止める事は誰にも出来ませんから」


茫然としたモニカの手が温もりを感じる。

そこには、かつてルーファスが与えてくれたのと同じように、モニカの手を取るディアーナが居た。

それからディアーナは自らの頬までその手を持ってくると、温めるように頬をすり寄せる。


ーー元帥の事は忘れて、良き縁を結ぶように。


皆がモニカに忘れろと、諦めろと言う。

モニカもその通りだと思っていたし、自分の想いに蓋をしてきた。


「……止める必要は無い?」


モニカがポツリと呟くと、ディアーナは優しくモニカに笑い掛けて言う。




「人の心は自由ですから」




初めて元帥と出会った時と同じく、モニカの身体中に電流が走った。


ーー彼女が努力で築き上げた場所まで奪うおつもりか!


かつてルーファスが一歩も引かずにモニカの場所を守ってくれた。

そして今、モニカが抱えていた想いを。




ディアーナが認めてくれた。

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