閑話⑦-4 モニカ・カルステッドの恋
それからまた数年後、ルーファスがセウェルスの王女殿下を連れて帰国した。
(またセウェルスか)
元帥も、モニカを救ってくれたルーファスも、唯一をセウェルスで見つけた。
セウェルスの片方は色無しと聞いているが、モニカにとってはセウェルスである事が忌々しく、黄金だろうと無かろうと、どうでも良かった。
初めて見たセウェルスの王女は、白銀色の髪をしたまるで妖精のように儚げで美しい少女。
色は違うがオルサーク公爵夫人の孫だけあって夫人の面影がある。元帥を見ると王女に注がれている視線は限りなく優しい。
チリチリと焼けるような痛みを感じながら、モニカは黙ってヴァリアン公爵が始めた遊びを眺めていた。
やがて王女はモニカ達に向けて宣言する。
「わたくしは、その全てを受けて立ちましょう」
セウェルスに守られながら育った王女が何とも大胆な発言だ。
実力も知らぬ守られる者の奢った発言。
威厳を感じさせたが、モニカにとってはそれだけ。
何の感慨も湧かなかった。
「モニカ!少しいいか?」
元帥に呼び止められたモニカは振り向いてから低頭する。
「ディアーナが野外授業に参加する事が決まった。済まないが、彼女を守ってやって欲しい」
「…それは御命令ですか?」
「いや、私個人の願いだ。中々無茶をする子でな。賢者の弟子だから自分の身は自分で守れると思うが、それでもやはり心配でな」
賢者の弟子と言う言葉に衝撃を覚えた。
かつて弟子入りを望んだのに断られた過去を思い出す。
何故守られてきたディアーナが賢者の弟子になれたのか。何故モニカがなれなかったのか。
ディアーナに向ける感情では無いと思っても、モニカが手に入れる事が出来なかったものを手にいれた者への嫉妬心がふつふつと湧き上がる。
「元帥閣下のお望みでしたら従いましょう」
モニカは聡い元帥にその顔を見られないよう、もう一度頭を下げた。
野外授業で共に見廻りに出ると、サクルフの森が目に入り、たった一度だけ対面した白銀色の長い髪を思い出して足を止めた。
(私と彼女の違いはなんだ。セウェルスと私の違いは…)
「カルステッド師団長?」
近衛隊長クラース・シェルマンがモニカの名を呼んだ事に気付いたが、モニカの中にある疑問の方が優先だった。
感情が抜け落ちたような表情でサクルフの森を見つめているモニカに、何と声を掛けて良いか分からずディアーナとフレディ・エイセルは顔を見合わせている。
「ベネット伯爵。貴女は賢者の弟子だと伺いました」
モニカはふと、本人に聞いてみようと考えた。
自分との違いを聞けば、自分に何が足りなかったのか分かるかもしれない。
「貴女はどうやって賢者の弟子になれたのですか?」
「賢者シリルは目的を尋ねられます。わたくしは正直に答えただけです」
ディアーナは柔らかく笑んだまま、そう答えた。
モニカの顔がサクルフの森からディアーナに向けられた。
(正直に…私も同じように答えたのに…)
聞くだけ無駄だったとモニカは落胆する。
「……正直に。…そうですか…」
それだけ言うと、また歩き始めた。
背後からサンドラ・ヴァリアン公爵令嬢がディアーナに話しかけているのが聞こえた。
自分は王妃になるから側室であれば認めてやるとか言っているが、ルーファスはサンドラの事を愛さないだろう。
サンドラが昔のモニカに重ねられるようで、発言の全てが哀れに思えて仕方ない。
そしてクルドヴルム貴族令嬢としてサンドラの発言は品位に欠ける。
今は臣籍降下しているが、仮にもディアーナはセウェルスの王族だ。余りに無礼な発言はクルドヴルムにとって望ましいものではない。
モニカは振り返ってサンドラの名を呼ぶ。
「その方は義理とはいえ元帥閣下の孫にあたる方。そして陛下が唯一ご寵愛されるセウェルスの姫君です。立場を弁えなさい」
それはモニカが何度も何度も自分に言い聞かせた言葉。
元帥の唯一であるセウェルス先王。自分とは立場が違うのだと。
「我が国の者がご無礼を致しました」
ディアーナにではない。セウェルスに対して謝罪したモニカをディアーナは黙って見つめていた。
元帥が野外授業にお忍びでやってきた事に、流石のモニカも驚いた。
そんなにディアーナが心配なのだろうか。
血は繋がっていなくとも愛する人の孫だと言うだけで、そこまで心配出来るものだろうか。
モニカは目の前で戦うディアーナを見つめながら天幕越しにフェーディーン公爵と会話している元帥の声に耳を傾けていた。
「私の孫娘は君のお眼鏡に叶いそうかな?」
小さな声で楽し気に笑う元帥に、フェーディーン騎士団長は「まだわかりません」と返している。
「モニカ。君はどうだい?」
モニカに掛けられる優しい声。
「私は元帥閣下の御心に従うだけです」
モニカは自分でも知らぬ内に口元を綻ばせていた。
試合を終えたディアーナが天幕の中に呼ばれ、元帥に抱かれながら楽しそうに会話する様子。その元帥の口から「ティア」と夫人の愛称が発せられた事でモニカの気持ちはまた沈んでいく。
(あれから何年も経ってるのに…駄目だと分かっているのに、諦めなくてはいけないのに何で…)
心を消して元帥の役に立てるよう努力を続けてきたが、想いだけは消す事が出来ず未だにモニカを苦しめていた。
「大好きよ!大叔父様」
ディアーナが元帥に抱きついて言った言葉にビクリとモニカの体が震える。
「私もだよ。可愛いディアーナ」
モニカが欲しくて堪らない言葉を、ディアーナはあっさりと手に入れた。
悔しくて、苦しくて、それを紛らわせるように膝の上に置いた手でローブを握りしめた。