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閑話⑦-3 モニカ・カルステッドの恋

元帥の結婚に、ルーファスの帰還。

クルドヴルムでは慶次が続き皆が歓喜に沸く中、モニカは薄暗い研究室で全てを研究に捧げていた。


セウェルス先王の輿入れを、モニカは遠くから見守っていた。

年齢を感じさせない美しい人。

そしてその人を見つめる元帥は見た事が無いほど幸せそうで甘い。モニカが、元帥に恋した女性の誰もが得ることの出来なかったもの。


恋はとうの昔に破れ、目標でもあったカルステッド侯爵家は弟が継ぐ事になるだろう。


(心を消して生きればもう傷つかない。元帥への気持ちも、当主への希望も、全部全部消えてしまえ)


モニカは机を何度も叩きつけた。肌が裂け、拳に血が滲んでも、何の痛みも感じない。モニカの執事精霊が止む無くモニカの気を失わせるまで、それは繰り返し何度も続いた。


そんな中、カルステッド侯爵家の当主である父、次期当主とされる弟、そしてモニカが国王に召還される。

父の心配そうな顔が目に入るが、久しぶりに会う父と弟には何の感慨も湧かず鬱陶しいだけだ。


通された部屋には元帥とレスホール宰相が居た。

仕事でも極力避けてきた元帥が目の前に座っているのを見て、モニカの気持ちとは裏腹に心臓が震える。

モニカは出来るだけ視線を合わさないように跪いてから低頭すると、衛兵が国王の入場を告げた。


「国王陛下に拝謁致します」


父の奏上が聞こえる。続いて弟が奏上を述べると、壇上から少年の声が聞こえた。


「何故君が次期当主である姉君を差し置いて奏上するのだ?」

「王太子殿下。それには事情がございます」

「カルステッド侯爵。僕は君に発言を許していない。君の息子に聞いているのだ。答えなさい」


モニカは低頭したまま、衝撃を受けていた。

記憶の中にあるルーファスはまだ幼く、可愛らしい王子だ。だが今頭上から発言する声は、幼さを残しながらも王族としての威厳を感じさせる。

現に20を過ぎた弟が狼狽している様子が窺えた。


「失礼ながら殿下。カルステッド侯爵家は私が後を継ぐ事になりました」

「……君が?それは本当か、カルステッド侯爵」

「仰る通りでございます。苦渋の決断ではありましたが息子に跡を継がせる事となりました」


モニカは低頭しながら唇を噛んだ。

また皆が勝手にモニカの気持ちを一切考えずに決めていってしまう。


「おばあ様。…いえ、国王陛下。当主交代は王の承認が必要でしたね」

「その通りだ。もちろん各当主の意向は尊重するがな」


国王の返答の後、軽い足音と衣擦れの音がモニカに近づいてくるのを感じた。

跪いて低頭しているモニカの肩に、少年の手が置かれた。


「顔をあげて下さい。カルステッド侯爵令嬢」


静かな声に、モニカは恐る恐る顔をあげると、失った筈の赤の双眸がモニカを見つめていた。


「さあ、立って下さい」


ルーファスはモニカの手を取ると、その手を引くようにしてモニカを立たせる。


「僕は色を失う前からモニカ・カルステッドの名を知っていました。次期カルステッド家当主として、幻術師団長として在ろうと努力を重ねてきた事を全て。いつか…父を、いずれは僕を支えてくれるのは君だと思っていた」


最後に会ったルーファスはもっと小さかった。今は目線が殆ど同じだ。


「だから不思議です。君は当主としての素質がある。なのに何故君ではなく弟が当主となるのか」


淡々と語るルーファスにモニカは何も言う事が出来ず、同じようにカルステッド侯爵も顔を背けている。

ルーファスはカルステッド侯爵と弟をチラリと見てから、モニカの手を取ったまま振り返って声を張り上げた。


「国王陛下!僕が色を失い、魔力を失った事で彼女は大きな犠牲を払った。彼女が努力で築き上げた場所まで奪うおつもりか!」

「ルーファス。全ては王家を守る為だ。彼女には申し訳無い事をしたが、王家の為には必要な犠牲だった」


モニカの手をルーファスが強く握った。

怒りのせいかルーファスの全身から覇気が放たれ場を圧倒する。


「国王陛下!元々は貴女が王族の役割を放棄した元帥を認めた事から始まったんだ。それを関係の無い彼女に背負わせる必要は無い!いや、あってはならない!!」


ルーファスはもう一度振り返ってモニカに向き直る。

国王達に向けていた感情とは別の哀し気な瞳でモニカを見つめた。


「僕のせいで君を苦しめてしまった。許される事なら…僕が国王となった暁には、僕を支えてくれないだろうか」

「殿下!それは」


カルステッド侯爵が声を挙げたのを、ルーファスはその眼光だけで制した。


「僕が幻術師団長と認めるのは、モニカ・カルステッドだけだ。其方が彼女を当主としないならそれでも良い。彼女に新たな爵位を授け、幻術師団長に据えるだけだから」


冗談だろうとモニカは目を丸くしてルーファスを見つめたが、ルーファスは真剣そのものだ。


「…私も王太子殿下に賛同しよう。王太子殿下の言う通り、全ては私の責任だ。それに彼女の素質は私も知っている」

「それは国王陛下の権限。我々に否はございません」


握られたままの手が温かくその気持ちが伝わり、泣きそうになったモニカは口をひき結んで必死で堪えた。






数年後、国王が崩御し、ルーファスの即位と合わせてモニカがカルステッド侯爵家の当主、そして幻術師団長となった。


「おめでとうモニカ!!」


マティアスはモニカの頭をわしゃわしゃと遠慮なく撫で付けた。

忌々しいが言っても聞かないのは知っているので溜息をついてそれに耐える。


「エイセル。折角整えたモニカの頭が散々な事になってるぞ」


マティアスを嗜めた筈の元帥の手が、モニカの頭に置かれた。

いつかを思い起こさせる温かさにモニカは胸が痛んで目を閉じる。

ルーファスによって全てを失う事は免れたが、元帥への想いは心の中に燻り続けていた。


(このままではダメだ)

「ありがとうございます元帥閣下。所用がありますので失礼致します」


モニカは元帥とマティアスに礼をすると逃げるようにその場を去った。

その背を見つめながら、マティアスは元帥に声を掛けた。


「ひとつ言わせてもらっても宜しいですか?」

「いいだろう。ひとつで足りるか?」


マティアスは余裕を見せている元帥を見てから舌打ちする。


「その余裕がムカつくなぁ。…正直、元帥として尊敬してますけど、一発ぶん殴ってやりたい気持ちが大きいです」

「…」

「あいつ…貴方がセウェルス先王陛下を迎える時、立ち上がる事も出来ず、呼吸の仕方も忘れてぶっ倒れたんです。……あいつはもっと笑う奴だった。…今じゃそれも忘れてしまったようだ。……全部貴方の…いや、モニカの心を守れなかった俺達の責任です」


元帥はゆっくりと腕を組むと、モニカの去った方向を見つめた。


「エイセル。君がモニカを想いながら別の女性を妻に迎えたように、私は妻を想いながらモニカを受け入れる事は出来なかった。私は聖人では無いよ。モニカの望む愛は与えてやれない」

「……いつか必ず一発殴らせてもらいますよ」

「いいだろう。それだけの事をしている自覚はある」


「本当に腹が立つ人だ」とマティアスは言って、空を仰いだ。

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