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閑話⑦-1 モニカ・カルステッドの恋

1、2話で終わらせるつもりが全6話になりました。

カルステッド侯爵家の長子、モニカ・カルステッドは幼い頃から本の虫だった。

周囲が色恋の話に盛り上がっていても全く理解出来ず、本があれば幸せ。

余りに顕著なので、すぐ下の弟には「本と結婚すればいい」と鼻で笑われたが、モニカ自身は誰とも結婚せずに大好きな本に囲まれて生きるのも悪く無いと思っていた。


「モニカは誰か想う相手は居ないのか?」


父に尋ねられても、本当に居ないので首を振るしか無い。

幸いにも両親はモニカに結婚を強要する事なかったので、モニカ自身は好きな本に囲まれて毎日を過ごす事が出来た。


ある日、学園の闘技場に「オルサーク元帥閣下が来ている」と数少ない友人に誘われた先で、初めて元帥の姿を目にする事になった。

周りの女性達は誰もが皆、顔を紅潮させながら熱い視線を元帥に注いでいる。

年齢は父と近い筈なのに全くそうは見えないのはモニカも驚いたが、そんなに騒ぐ程なのかと友人や周りを見ながら首を傾げた。

元帥は特別に剣術指南に来ていたらしく、生徒達一人一人に声を掛けている。元帥の地位にありながら、平民の生徒にも分け隔てなく声を掛けているのは純粋に凄いと思うし、人柄も良いのだろうと思う。

ボーッと眺めていると、いつもと違う視線に違和感を感じた元帥の視線がモニカと合った。

元帥は微笑みながらモニカの前にやってくると、モニカと目線を合わせて膝を折る。


「カルステッド幻術師団長のご令嬢か。そう…モニカだったね」


舞踏会にも公的な集まりにも顔を出さないモニカの事を、元帥が知っていた事に驚きを隠せない。

モニカを見つめる赤い瞳は柔らかく、そして優しい。


「お会い出来て光栄です。オルサーク元帥閣下」


ドキドキと脈打つ心臓の音が聞こえないように、平静を保ちつつ制服のスカートをつまみ礼をする。

元帥は大きな手でモニカの頭を優しく撫でると笑顔で告げた。


「私もだ。未来の幻術師団長に会えて嬉しいよ」


モニカの身体中に電流が駆け巡るような衝撃が走る。

その瞬間、モニカの目標はカルステッド侯爵家の当主。幻術師団長となった。








「モニカ。お前ちゃんと寝てるか?目の下に隈が出来てるぞ」


本を抱えて歩くモニカの背後から声が掛かり、嫌々振り返る。

稽古を終えたばかりなのだろう。長い水色の髪をひとつに纏め、シャツ姿のマティアス・エイセルが立っていた。


「マティアス殿。ここは王城です。もう少し品位を保って頂きたい」


その格好はなんだと、モニカは絶対零度の表情でマティアスを睨むと、そのまま踵を返して歩きだす。慌てたマティアスがモニカの横に並ぶが、モニカはマティアスを見る事なく真っ直ぐ前を向いていた。


「モニカは真面目だなぁ。もう少し肩の力を抜いたらどうだ?」

「貴方の不真面目さを真似る位なら真面目で結構」


モニカと同じようにエイセル公爵家は代々竜騎士団長を務める名門だ。マティアスも近い内にその座を譲り受けるのだろう。だが生真面目なモニカに、マティアスの軽さは受け入れられそうに無い。


「そういえば、お前に結婚話が挙がってると聞いたぞ。相手は元帥閣下だって?歳は離れているが素晴らしいお相手じゃないか。良かったな!」


バザバサバサと音を立ててモニカの腕から本が落とされた。驚愕した顔でマティアスを見る。


「一体何の話をしているのです?元帥閣下と私が?」


動揺のあまり声が掠れて上手く言葉に出来ない。

マティアスはモニカに知らされていなかった事に気づいてバツが悪そうに頭を掻いた。


「ルーファス様が王色と魔力を失った。親父達は閣下を王族へ復帰させ、結婚させようと考えてるらしい」


帰宅後、父親を問い詰めるとマティアスの話が正しかった事を告げられた。

そして未婚女性の中で、地位と年齢が元帥に見合う者としてモニカの名が挙げられている事を知る。


「元帥閣下はモニカも知っての通り素晴らしい方だ。我らの一族から王太子が誕生するかも知れない。素晴らしい事だと喜びなさい」

「この国にはルーファス様がいらっしゃいます。王太子殿下が亡くなられたとはいえ、ルーファス様がご存命なのに…」

「魔力を失い、色無しとなればルーファス殿下に未来は無い。我らは次の国王を迎える準備をせねばならない。元帥とモニカの婚姻。これは王命だ、従いなさい」


モニカは父親が何を言っているのか全く理解出来なかった。父親の頭にある欲が、おぞましく、ただ気持ち悪かった。








元帥には想い人が居ると聞いていた。

誰かは知らないが、独り身で居るのはその為だとも。


何故元帥と結婚するのか?


理解出来ないモニカの気持ちを無視して、トントン拍子に話が進み、元帥と対面する日が来てしまった。


逃げなくては。

それが自分自身の為でも、元帥の為でもある。


怖くなったモニカは震える身を守るように抱きしめるしかない。

暫くそうしていただろうか。時間になっても元帥が姿を現す事は無かった。

流石に疑問に感じ、部屋を抜け出して辺りを探る。


「ーーー!!!」


大声で怒鳴りつける声がした方向へ導かれるようにして、扉の前に立つ。


「姉上はあの子を犠牲にするつもりか!!彼女は子供を産む道具では無い!!!モニカはカルステッド侯爵家の次期当主として努力を重ねていた娘だ!彼女の未来を我々の手で奪う事だけはしてはならない!!」


それは元帥が激昂する声だった。

モニカは扉にそっと手をあてる。


「私が彼女の事を何も考えずに決めたと思うか?彼女の未来よりも優先される事が王家の存続だ」

「…それは分かっている。王家の子であれば母親は誰でもいいのだろう。それならモニカである必要は無い」

「残念だがティターニアには無理だぞ。流石に子を成す事は出来ないだろう。万が一それが叶っても子供の代わりにティターニアを失うかもしれん。子供を産むのは適齢期の女性でも命懸けだからな」

「…ティアは関係無いだろう」

「私はお前の気持ちを最優先にしてきたよ。唯一を決めた者の気持ちは痛い位に分かるからな。だが…私も我が子を失うとは思っていなかった…。忘れ形見のルーファスまで全て失うとは考えてもいなかった。私が自我を保っているのは国王としての責務だけだ。王家は何があっても絶やしてはならない」

「……姉上。ルーファスを師匠に預けないか?俺達を導いてくれたように師匠ならルーファスを戻す術を知っているかもしれない」

「…………一年。それ以上は待てん。もしルーファスが戻らなかったら」

「その時は…」


ポタリと、モニカの手に水滴が落ちた。

それを皮切りにポタポタとモニカの瞳から涙が溢れて落ちる。

国王が言っていた名前には聞き覚えがある。

ティターニア聖王陛下と敬愛を持って呼ばれるセウェルスの先王の名。

ティターニアの名を反芻するだけで胸が重くズキズキと痛んで呼吸が出来ない程に苦しい。

それと同時に、モニカの為に激昂した元帥の想いが泣けるくらい嬉しい。


(ああ私は……ずっと昔から閣下の事が…)


それはモニカが恋を自覚した瞬間だった。


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