124. 国王陛下の忍耐
ルーファスの執務室に入ったディアーナはシリルの執事精霊ノアの姿がある事に驚く。
ノアはディアーナに向かって恭しく礼をすると、ディアーナを長椅子までエスコートしてくれた。
「リアム。お前呼びに行くだけなのに随分と時間が掛かってないか?」
「ディアーナ様のお悩みを聞いていましたので。ね、ディアーナ様」
そう言ったリアムはディアーナにウインクした。
口元が楽し気に緩んでいる様子を見ると絶対にワザとルーファスの気にする事を言ったのだ。
「ディアーナ。何か悩みでもあるのか?それなら何故俺に言わない」
ルーファスの事で悩んでいるのに言える訳が無いと、ディアーナは気まずくなり視線を逸らした。
「それはそれは可愛いお悩みでしたよ。俺なら泣いて喜ぶかもしれませんね」
ニコニコ笑っているリアムの言葉からディアーナの悩みをある程度察したルーファスは執務机に両肘をついてからその手に頭を乗せた。
リアムからは耳が赤くなっているルーファスと、視線を逸らしているせいでその様子に気付いていないディアーナが見えている。
「ディアーナ。こちらへ」
少しの沈黙の後、ルーファスはディアーナに声を掛けた。
耳の赤みは僅かに残っているが顔は平静そのものだ。
ディアーナは呼ばれている理由が分からず、長椅子から立ち上がるとルーファスの横に立つ。
「そこじゃない」とディアーナの腰にルーファスの手が回されると、あっという間にルーファスの膝の上に収まった。
途端にディアーナの身体が真っ赤に染まる。
慌てふためくディアーナと、それを苦笑しつつ何かに耐えるように目を閉じたルーファス。
(一刻も早く王妃に迎えないとルーファスの理性がもたないな)
二人の様子を見比べたリアムは腕に抱いているアルを見ながら溜息をついた。
「ノア。ディアーナに報告を」
息を吐いてからルーファスは側に控えるノアに指示する。
『かしこまりました。ディアーナ様、御主人様からのお言葉をお伝えいたします』
ノアの言葉にディアーナは真顔になると、ゆっくり頷いた。
『まずはクルドヴルムの魔物を消滅出来た事への労いを。そしてこの魔物は同時刻にセウェルスにも現れた事。今後も同様の事が起こり得る可能性が高いと、御主人様は申されております』
「セウェルスではアナスタシア嬢が中心となって動いているそうだ。近いうちにクルドヴルムを訪問すると連絡が入った」
ノアの報告にルーファスが補足してくれた。
アナスタシアがクルドヴルムへ来ると聞き、ルーファスを見上げるようにして「本当に?」と確認する。
「アナスタシア嬢の訪問にはフランドル公爵が同行する。あの狸ジジイともう一度話がしたかったし丁度良かった」
ディアーナの臣籍降下偽装疑惑の事だろう。
"神託の儀式"の記憶や魔物の出現。シリルの正体に、ディアーナ自身の立場。短期間で沢山の事が起こり過ぎて正直ついて行けないとディアーナは寄りかかるようにしてルーファスの胸に顔を寄せた。
ルーファスの身体が一瞬震えるが、ディアーナの頭を抱えるように抱きしめてくれる。
「アナスタシア嬢は秘密裏に訪問される。大叔母上がいらっしゃるオルサーク邸に滞在してもらう事になる。アナスタシア嬢とフランドル公爵を離れに招いたらどうだ?」
ルーファスの提案にディアーナは顔をあげた。
「フランドル公爵がわたくしの敵か測ろうというの?」
離れにはディアーナへ敵意を持つ者は入れない。
ディアーナにはフランドル公爵を信じたい気持ちの方が大きく眉を潜め、ルーファスは「それもある」と不敵な笑みを見せた。
「何よりディアーナの生活を見て欲しいと思う。特にアナスタシア嬢は大切な姉君が幸せに過ごしているか心配しているだろうからな」
ルーファスの真意が後者だと気付いたディアーナは微笑んだ。
言葉を詰まらせたルーファスは口元を片手で塞ぐと俯いてしまう。
「ディアーナ様。残りは私からご説明致します」
ルーファスの限界を察したリアムが声を掛ける。
「いい、リアム。俺から伝える」
「ですが…」
「これは俺が伝えるべき事だ」
ルーファスは手を下ろしてディアーナを見つめた。
「ディアーナをクルドヴルムの王妃として迎える事が承認された。後はセウェルス国王の承認を得るだけだ」
ディアーナは驚いて目を見開くと、ルーファスは苦笑しながら教えてくれる。
「フェーディーン公爵を筆頭にベルマン公爵とヴァリアン公爵の首を縦にふらせた。フェーディーン公爵は頭は固いが忠臣だ。彼がディアーナを認めた時点で結果は分かっていたが、本当にあの場の公爵を見せてやりたかった」
ルーファスはその時の事を思い出したのか小さく笑う。
「セウェルスは…国王は許可しないわ。あの人はわたくしが幸せになる事を望んでいない」
「ああ、それについては大叔母上が動いているらしい。大叔父上がもう少し待てと言っていたからな」
「なんでおばあ様が?!あの国王がおばあ様の言う事を素直に聞くはずなんてないわ」
「そうだろうな。俺も詳しくは知らないが、大叔母上はアナスタシア嬢を即位させる気のようだ」
ディアーナは唖然とする。
フランドル公爵の力が大きい、いやフランドル公爵のお陰だが国王は可もなく不可も無い国王だ。国民の生活を脅かしているなら兎も角、退位させる理由が見つからない。
「国王が退位しなくても方法はいくらでもあるが、アナスタシア嬢が王なら話が早いからな」
「わたくしの為にこんな早くアナスタシアの自由を奪う訳にはいかない」
「王太子となった時点でその覚悟はある筈だ。それにこれからの事を考えるとアナスタシア嬢が即位していた方が動きやすい。現王では自分だけ助かろうと逃げ出しそうだ」
魔物の大群と対峙した場合、あの国王は尻尾を巻いて逃げ出すだろう。10歳だったディアーナの迫力にも圧されていたくらいだ。
ルーファスの言っている事は正しい。アナスタシアが賢王になるのはゲームで証明されている。
「わたくしは…アナスタシアの幸せを最優先で考えたい」
ディアーナはルーファスは真っ直ぐ見つめて言う。
ルーファスはディアーナの言葉を予想していたのだろう。柔らかな笑みを浮かべると「その通りだ」と頷いた。
「アナスタシア嬢が即位してもしなくても、ディアーナを迎える手段が変わるだけで何も変わらない。彼女は俺の義理妹になるんだ。彼女の幸せを願わない訳は無い」
ルーファスの言葉に嬉しくなったディアーナは「ありがとう!」とルーファスをギュッと抱きしめた。
密着する形になったルーファスは渋い表情になり、リアムはその様子を見てルーファスに心から同情した。