123. ディアーナとリアム
気を失ってから寝ている寝台の場所を聞き忘れていたディアーナはそこが王城だと知ると、やはりと思いつつもオルサーク公爵邸で良かったのでは無いかと疑問に思う。
サミュエルからはルーファスがいつでも様子を見に来れるようにした為と聞いたが、転移魔法陣があれば離れにも同じように来れるだろうと首を傾げざるを得ない。
王城で世話になる事数日。魔力と体力が回復したディアーナだったが未だ離れに戻る許可を得る事が出来ないでいた。
学園にも通えないのでクロエやシャーロット達にも会えていない。
「キュウ?」
足元で擦り寄るようにして鳴くアルを見下ろしたディアーナは微笑んだ。
サクルフの森へ遊びに行ったまま行方不明で、探しに行く事が出来なかったアルを代わりに探してくれたのはフレディだった。
サクルフの森は別名迷いの森とも呼ばれ、森の主であるシリルが認めた者以外は迷路のような森で彷徨い続けると言われている。
フレディは事前に元帥を通してシリルの了承を得て探しに行ってくれたと、アルを連れてきた元帥から聞いた。
フレディ本人には会えていないので、会ったら御礼しなければと思う。
ディアーナはアルを抱き上げると小さな額に自分の額を合わせて「無事で良かった」と目を閉じた。
「ルーは自由に過ごしていいと言ってたけど、お城の中を見学する訳にもいかないし、お庭で散歩でもしましょうか」
アルは同意するようにして鳴くと、ディアーナの肩にうつった。
「いい天気だね」
ディアーナはガラス戸を開けてテラスに出ると雲一つない青空が広がり、風が優しく頬を撫でる。
目の前に広がる庭園は色とりどりの花が咲き乱れ、まるで花畑のようだ。
「城は要塞みたいなのにお庭は可愛いよね」
肩に乗るアルを見て笑ったディアーナはゆっくりと庭園を見て回る。
アルはサクルフの森の件で反省したのか、普段は肩から降りて駆け回るのにずっと肩の上に乗ったまま。
アルの身体を撫でながらのんびりした歩調で進んでいくと池のある場所に出た。
透き通る水をたたえた池を覗きこむようにして見ると熱帯魚のように鮮やかな色彩の魚が泳いでいるのが見える。
「まぁ綺麗!」
ディアーナは腰を下ろすとアルを膝の上に移動させてからそっと池の水に指をつけてみた。
熱帯魚みたいだったので温かいと想像していた水が氷のように冷たくて逆に驚いてしまう。
「暑い日は足をつけて涼むのも良さそうね」
まだ季節は春。今は触れるだけで指が凍るようだが、夏になればプール代わりになるかもしれない。
「キュー」
アルの目が「淑女が足を水につけるとは何事だ」と言っている。
ディアーナは苦笑するとアルの頭を撫でた。
「こっそり。また来れる事があったら、ね。その時はアルとわたくしだけの秘密よ」
アルはディアーナと秘密を共有出来るのが嬉しいのか、大きな瞳を和らげた。
「ルーはいつ来るかなぁ」
親指と人差し指を使って水を弾きながらディアーナは呟く。
ルーファスはあれから毎日訪れるが、物理的な距離がある。これなら離れにいた方が近かったのではないかと思う程に極端なくらいだ。
ルーファスが距離を取る意図も充分理解出来るので仕方ないが、それでも全く触れてこないのは。
「触れてくれなくて寂しいだなんて、わたくし頭がおかしくなってしまったのかしら」
痴女にでもなった気分だとディアーナは赤くなった顔を覆った。
全く触れてこなくなった事で分かったが、ルーファスと手を繋ぐと安心出来る。腕の中はこの上なく幸せを感じられる場所。ーーそして。
「いっぱいキスして欲しいって言ったら逃げられちゃうわね…」
バサバサバサと物が落ちる音がして、ディアーナは音のした方へ振り向いた。
そこには抱えていた本を落とし、気まずそうな顔をしているリアムが立っている。
「……今の聞こえました?」
「いいえディアーナ様。私は何も聞こえてません」
「本当に?」
「………申し訳ございません」
アルと二人だけだと思って口を滑らせたディアーナは、その言葉が恥ずかしいものだと改めて実感して全身赤くなり俯いた。
「ディアーナ様!私には陛下を愛して下さるディアーナ様のお気持ちが嬉しいです」
慌ててリアムがフォローするが、ディアーナがジトリとした目で見つめると、「ウッ…」と言ってたじろぐ。
「……リアム様はシャーロットとそういった事をされないのですか」
聞かれてしまっては仕方ないとディアーナは自らの隣を示すと、リアムは遠慮がちに示された場所に腰を下ろした。
「ディアーナ様のご質問が私の理解と正しければ、口づけまでですね」
素直に教えてくれたリアムに驚きつつも今一番気になる事を質問してみた。
「リアム様はそれで…その、我慢は出来るのでしょうか」
リアムはキョトンとしてから、片方の口角だけを、ニヤリとあげる。
「自分の熱は他の女で発散していますから」
ボンッと音を立てたようにディアーナの顔が益々赤くなった後、リアムの言葉を理解して眉を怒らせた。
「リアム様はシャーロットを裏切ってらっしゃるの?」
「裏切るなんてとんでもない。私はせいぜい娼館通いくらいです」
素人でなくプロなら手を出していいのか。ディアーナにはリアムの言葉が理解出来ない。
リアムは苦笑すると、後ろ手をついて空を見上げた。
「出さないのでは無くて、何より大切だから今は手を出せないんです。俺も健全な男なので、このままだとシャーロットを傷付けるかもしれないから外で発散しています。正直な話、俺は次期宰相だから言い寄ってくる女も多い。俺も男なんで普通に出来ますが、貴族に手を出すと後々厄介な事になる。だから消去法で娼館通いです」
シャーロットが大切だから面倒な事にならないよう娼館通いをしているとリアムは砕けた口調になって教えてくれたが、ディアーナは理解しようとすればする程に今度は青ざめていった。
「ルーファスは違いますよ。あいつはディアーナ様だけです。怒られるのを承知で言いますが、何度か側女をつけようとしました。…様々なタイプの女性を紹介しましたが全部無視でしたね。うん、本当に王族の愛って重い」
リアムが感慨深い顔をしながら、うんうんと頷いた後、ディアーナを見て息を止めた。
「…ディアーナ様。その顔は絶対他の男に見せてはダメですよ」
「え?」
「そのお顔はルーファスの前だけにして下さい。俺は今ルーファスへの忠誠心だけで理性を保ってますからね」
元々美しいディアーナだが透き通るような紫の瞳が熱を帯びたように潤み、その顔はほんのり赤い。
ただでさえ惹きつけて止まないそれが、今は色香が漂うようだ。
「このままだと俺があいつに殺されます。陛下が呼んでいますので参りましょうか」