121. 聖剣カラドボルグ
光に包まれた繊細な文様の柄を持つ長剣がユラリと揺れる。
「これが聖剣カラドボルグ?」
シリルが使っていた伝説の武器に向けてディアーナはそっと手を伸ばす。
"我が名はカラドボルグ。聖王の御子、貴女に逢えるのをずっと待っていた"
「剣が喋った?!」
ディアーナはビクリと伸ばす手を止めると、カラドボルグから近づき、その手に柄が触れた。
カラドボルグの柄を握るとふわりと身体が楽になるのを感じる。
"聖王の御子が望む力を。私は貴女の力となり、御身を護りましょう"
静かに語るカラドボルグにルーファスは苦笑した。
「大叔父上の時は死にかけたって言ってたが、聖王の子には従順なんだな」
"この方は聖王の御子だ。私が従わぬ理由は無い"
ディアーナに向かって語る音とは真逆の無機質な音をルーファスに返したカラドボルグは柔らかな声音に戻ると
"聖王の御子。私を天に掲げると良い"
そう、ディアーナを促した。
ディアーナは訳が分からないまま柄を両手に持ってそのまま掲げる動作をすると、カラドボルグの刀身から光が溢れ出す。
それはディアーナが見せた光のようで、ディアーナ達を中心に円状に広がる光が獣を消滅させていく。
「すごいな」
ディアーナを抱いたままでいるルーファスは、空を見上げて眩しそうに目を細めた。
(…すごい。魔力を使ってないのに…)
ディアーナも掲げている聖剣を見つめた。
重さを感じ無いので掲げていても苦にならない。
光は騎士団の元やサクルフの森にも届き、更に広がっていく。
先程まで獣に覆われていた土地の地面が見えて、カラドボルグを掲げているディアーナとそれを抱くルーファスの姿が騎士団の視界にも捉えられた。
戦っていたクラースはディアーナの姿を見て安堵し、カルステッド幻術師団長は泣きそうな顔をして膝をつくと顔を覆った。
「これは…」
大剣を持って戦っていたフェーディーン騎士団長は敵の姿が消滅するとディアーナ達を見て唖然とする。
「先程も今も、王色を持たぬ者がなぜ奇跡を起こせるのだ…」
フェーディーン騎士団長が見た奇跡は二度。そして模擬試合での戦い。
セウェルスの王族は皆ディアーナ以上の力を持つのかと頭をよぎるが、何度考えても聖王と呼ばれたセウェルス先王でさえもこのような奇跡は起こせないと確信している。
自分はとんでもない間違いをしているのでは無いか。
フェーディーン騎士団長は想像の域を出ないと否定するように首を振ってから、それでも芽生えた気持ちを覆す事は出来なかった。
光はサクルフの森全体を包むまで広がってから、収縮するようにゆっくりと刀身に向かって収まっていく。
ディアーナは何もしておらずただ剣を掲げているだけなのに周りの獣達が全て消えている事に驚きを隠せないでいた。
"核は消滅した。暫く発生する事はないでしょう"
それだけ言うと、カラドボルグの刀身がディアーナの身体に溶けるようにして消えた。
慌ててルーファスを見るが、ルーファスは穏やかな表情で「大丈夫」と微笑んだ。
「カラドボルグの鞘は主人の体だ。剣と盾は一対でディアーナが望めば現れる」
ディアーナ自身が鞘である事をルーファスが教えてくれる。
ホッと息を吐いたディアーナは周囲を見渡して顔を歪めた。
ディアーナのすぐ近くに騎士の亡骸が転がっている。
「ルー、おろして」
言う前に胸を押して抱き上げていたルーファスから地面に降りたディアーナは近くの亡骸まで歩み寄ると膝をつく。
体を食いちぎられ原型を留めていない、どうにか人の頭部と上半身だと分かる亡骸を抱き上げてから、血塗れになる事も気にする事なく抱きしめた。
「……っめんなさい…。ごめんなさい。護ってあげられなくてごめんなさい…」
嗚咽しながら何度も何度も謝罪を繰り返すディアーナの肩にルーファスの手が置かれる。
「これは王である俺の責任だ」
ルーファスの言葉にディアーナは違うと首を振る。
これはディアーナが生き延びたせいであり、ルーファスやクルドヴルムに責任は無い。
「ディアーナ。騎士の役割は護る事だ。ここで止めなければ魔物の牙は王都迄届いたかもしれない。犠牲になった騎士や生き延びた騎士も自らの役割を果たしただけ。ディアーナが謝る事では無い」
そう言ってディアーナの隣に自らも膝をつく。
「それにディアーナがその力で騎士達を護ってくれたお陰で、最小限の犠牲で済んだんだ。国王として礼を言うよ、ありがとうディアーナ」
涙と血で汚れているディアーナがゆっくり顔をあげる。そうして唇をギュッと噛むと、今度は大きく首を振った。
「全員護れなかったのはわたくしの力不足よ。わたくしが獣の魔物が出現する事に気付いていれば回避出来たかもしれない。ううん、回避できたわ…」
「亡くなった騎士は殿下の謝罪を求めてはいないでしょう」
頭の上からの声でディアーナはルーファスから目の前に立つフェーディーン騎士団長に視線を移した。
ゆっくりと沈みゆく夕日が逆光になりフェーディーン騎士団長の表情は窺えない。
フェーディーン騎士団長の隣にカルステッド幻術師団長も並ぶと、使役を召喚し辺りを浄化した。
肉体は元に戻っていないが、死体の血やディアーナの服の汚れもきれいに消え去っている。
「我々は国を護る為に生き、死んでゆくのです。殿下に悲しんで頂くだけで亡くなった騎士の魂も浮かばれるでしょう」
フェーディーン騎士団長はゆっくりと跪くと低頭した。
「王女殿下。…いえ、クルドヴルム王妃殿下」
フェーディーン騎士団長は静かに告げた。
「フェーディーン公爵家は、今この時より貴女様を我が国の王妃として忠誠を…身命を賭してお護りする事を誓います」
その宣言にカルステッド幻術師団長も跪いてから低頭する。
「カルステッド侯爵家は…モニカ・カルステッドは王妃殿下に忠誠を誓います」
両団長が跪くのを見た騎士達も次々と跪いた。
ルーファスはディアーナの腕の中にいる亡骸を丁寧に横たえると、茫然としているディアーナの手を取って立ち上がらせた。
「見てごらん。ディアーナの事を責めている者が此処に居ると思う?」
ルーファスは腕を伸ばして周りを示す。
そこには両団長を筆頭にその場に居た騎士、幻術師団全員が跪いていた。