113. 野外授業6
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「アルが消えた?」
レーアから何とか解放されたディアーナは、慌てて駆け寄ってきたフレディからアルが消えた事を教えられた。
散々探し回ってくれたのだろう。フレディの額に汗が滲んでいる。
「すまないディアーナ。肩に乗っていた筈なのに気づいたら消えていたんだ」
深々と頭を下げたフレディを慌てて制止したディアーナは近くに見えるサクルフの森を見た。
「アルはサクルフの森へ遊びに行ったのだと思う。昔から半日位だけど突然居なくなる事があるの。サクルフの森はアルの庭だから、遊びに行きたくなったのかもしれないわ」
セウェルスの王城にいる時は大人しかったが、巨大樹の家では偶に姿を消す事があった。
初めての時はディアーナも大騒ぎしたが、シリルがすぐに戻ると教えてくれ、その通りになった。
目前にサクルフの森があるので久しぶりに遊びたくなったのかもしれない。
フレディはホッと息を吐いたあと、脱力したのか両手を膝の上に置いている。
「ごめんなさい。その可能性がある事を伝えていなかったわ」
手をフレディの両肩を支えるようにして置いたディアーナは、フレディを覗き込む。
フレディは水色の瞳を見開いた後、表情を和らげた。
「突然消えたのには驚いたが、心配ないならそれでいい。っあー…、預かると言ったのは俺なのにどうしようかと思った」
「心配してくれてありがとう。アルはわたくしの居る場所が分かるみたい。どこに居ても必ず戻ってきてくれるの」
ディアーナの言葉を聞いて安心したフレディは、また騎士団の元へ戻って行った。
ひとり残されたディアーナはもう一度サクルフの森を見つめた。
「どこに遊びに行ってしまったのかしら。次は決勝なのに…」
残念そうに眉を下げてポツリと呟く。
本当はアルにも見て欲しかったが仕方ない。
きっと満足すれば直ぐに戻ってくるだろう。
ディアーナは深く考える事もなく、準決勝を見学する為に生徒達の元へ踵を返した。
決勝戦は同じクラスのヴァレンティンと対戦する事になった。
カティや他のクラスメイトからはヴァレンティンに対して「羨ましい!」や「代わってくれ!!」などの声が掛かり、ヴァレンティンは「やかましい!」と怒鳴り返している。
ディアーナには主に女子生徒から「絶対勝ってね!」「ヴァレンティンをボコボコにしちゃえ!」などの熱い声援を受けた。
生徒達の中にレーアも居たが、彼女は言葉を発する事なく真剣な顔でこちらを見つめている。
きっとディアーナとヴァレンティンの技を観察し、参考にしようとしているのだろう。
「ベネット君。君と戦うことが出来て嬉しいよ」
ウォーミングアップなのか手に持った剣をくるくると回しながら笑顔で言う。
「わたくしもよ。ラーベさんと剣を合わせる事が出来て光栄だわ」
騎士団には所属していないが、執行部の一員でもあるヴァレンティンが弱いとは到底思えないとディアーナは身構える。
試合開始の合図が掛かると、レーアの時と違いディアーナはヴァレンティンに向かって飛び出した。
身軽なディアーナは一瞬の内にヴァレンティンの間合いに入ると下から上に向かって剣を振り上げる。
ヴァレンティンはニヤリと笑うと剣の柄でそれを防ぐ。
剣の柄を防御に使った事にディアーナは驚き、すぐに次の攻撃を繰り出すが、ヴァレンティンの攻撃と重なりぶつかり合った互いの剣で火花が走る。
力負けするディアーナは助走もないまま後方へ飛び上がった。
着地したディアーナは痺れが残る手を一瞬見つめて微笑む。
充分騎士団でやっていける程の実力はあるように思う。
それを学生のままで居るのは何か理由があっての事だろう。
そこまで考えたディアーナは剣を持ち直してもう一度ヴァレンティンに向かって駆け出した。
決勝戦の様子に生徒達だけでなく、騎士団も目を逸らす事が出来ない。
クラースも二人の凄まじい戦いを息を飲んで見つめていた。
のんびりしているのは元帥くらいで、ヴァレンティンを騎士団入りさせるようフェーディーン騎士団長に声を掛けているのが聞こえる。
初めて会った時は女神のように美しくたおやかな姫君。今は準決勝と同様に舞うような動きではあるが、戦神のような荒々しさを感じさせている。
お互いの剣圧で風が巻き起こり、クラース達の髪を大きく揺らした。
ヴァレンティンは険しい表情で攻撃を繰り出しつつディアーナの攻撃を防御しているが、ディアーナは顔を輝かせながら攻撃している。
「…想定外の姫君だ」
クラースは思わず感嘆の溜息をついた。
一瞬でも隙を見せたら負けるだろう場面で笑顔を保てるのは余裕があるのか、それとも心から楽しんでいるのか。
フェーディーン騎士団長から今回の野外授業に参加するよう指示された時、ルーファスからは虫を払えとは言われたが護れとは言われていなかった。
得意とするのは魔法で剣では無いのに、他を圧倒する強さがあればルーファスが心配しなかったのも理解出来る。
だが逆に、虫を払うのが面倒になったと周りを見渡したクラースは頭を押さえた。
「…このままでは全員が虫に見えそうだ。ルーファスがこの場に居なくて良かった」
生徒達だけでなく、騎士団すらもディアーナの美しさに目を奪われているのだ。
この様子を見るだけでルーファスの機嫌が急降下するのが手に取るように分かる。
「クラース・シェルマン近衛隊長」
突然天幕の中から声が掛かり、クラースは弾かれたように天幕に向き直り低頭した。
「君はどちらが勝つと思う?」
元帥からの質問にクラースは顔をあげる。
「腕力では圧倒的にヴァレンティン・ラーベが。技術ではベネット伯爵が僅かに上回っているかと。それだけをみればヴァレンティン・ラーベが勝つでしょう。…しかし、私はベネット伯爵が勝利すると考えます」
くつくつと笑う元帥の声が天幕から聞こえる。
「それは何故か聞いてもいいかな?」
答えを知っているだろう元帥が敢えて質問している事を察し、クラースは小さく微笑んだ。
「ベネット伯爵とヴァレンティン・ラーベの差は経験です。剣を指導したのは賢者です。その経験は多少のハンデも武器に変える事が出来ます」
「この私でも師匠に勝てた事は一度も無い。幼い頃から彼の指導を受けてきた経験は何にも勝る武器だろうね」
クラースの読み通り、勝利したのはディアーナだった。