111. 野外授業4
シリルの元で修行しセウェルス聖騎士団の見習いでもあったディアーナは強過ぎた。
一試合にかかる時間が余りに短くディアーナ達のチームだけ早々に終わってしまったので、カティの様子を観に行こうと天幕の前を通り過ぎようとしたところに元帥の声が掛かる。
フェーディーン騎士団長は渋い顔をしてから、ディアーナに天幕に入るよう命じた。
仕方なく天幕に入ると元帥が脚を組んで座っていた。
「大叔父様。ルーの側に居るのでは無かったのですか?」
「王都にはエイセルが居るからね。何もする事が無いから来てしまった」
おいでと、ディアーナに向かって両手を広げる。
元帥の目の前まで進むと元帥の両腕の中にすっぽりと収まる状態になった。
「お暇なら休暇でも取っておばあ様と過ごされたら良いのに。大叔父様がいらっしゃったら生徒達が混乱します」
「実はティアから暇ならディアーナの様子を見に行けと追い出された」
愛妻に追い出されてシュンとする元帥に、ディアーナは吹き出してしまう。
「おばあ様も心配性だわ。わたくし子供じゃないのよ」
「無鉄砲なところは変わらずだろう。私も心配だったから丁度良かった」
二人の評価は10歳時点で止まっているのではないかと、ディアーナは溜息をついた。
「なあフェーディーン。ディアーナが優勝したら君が相手をしてくれないか?」
唐突にフェーディーン騎士団長に声を掛けた元帥の表情は楽しそうだ。
「…御命令なら従いましょう」
フェーディーン騎士団長の答えを聞いた元帥は困ったように笑う。
「命令では無いのだけどな。ディアーナ、優勝出来るかい?」
「大好きよ!大叔父様」
答えにならない事を言ってから抱きついたディアーナの髪の毛を梳くように撫でた元帥は微笑む。
優勝しても一生徒が騎士団長に手合わせを願う訳にはいかない。それを元帥からの希望という形で叶えようとしてくれた。
「私もだよ。可愛いディアーナ」
両団長からは二人の様子が見えている為、仲の良い様子にフェーディーン騎士団長は溜息をつき、カルステッド幻術師団長は膝の上に置いた手でローブを握りしめた。
「閣下。準決勝が始まります。ベネット伯爵は戻りなさい」
フェーディーン騎士団長の声でディアーナは準決勝の場所に戻った。
そこにはカティではなく、クラスメイトのヴァレンティン・ラーベが立っていた。
「ディアーナ!」
「カティ!ごめんなさい、貴女を応援に行けなかった」
「いいの。ディアーナと戦えないのは残念だけど、またチャンスはあるもの!」
ディアーナに駆け寄ったカティは励ますようにディアーナの背を叩いた。
「頑張るわ!」
「…俺も居るんだが…まあいいか。ベネット君、今年は獣人の留学生が居る。力ではあちらの方が上だ」
ヴァレンティンに誘導されて2年生を見ると。男子生徒に猫耳の獣人の女子生徒が一人。
耳がピョコピョコ動いていて可愛いと思わず顔が綻んてしまう。
「力で敵わないなら技術で勝ちに行くわ」
「その通りだ。剣技なら俺達の方が上だ」
ヴァレンティンと鼓舞するように手を叩き合った。
セウェルス聖騎士団も見習い同士でよくこうして励まし合った事を思い出す。
最後きちんと挨拶出来なかったのが心残りだが、帰国した時に挨拶に行こうと誓う。
「わたくし、貴方にも負けませんよ」
不敵な笑みを作ったディアーナに、目を丸くしたヴァレンティンはすぐに同じような笑みで応えた。
「ディアーナ・ヴェド・ベネット!レーア・ギュンマー!前へっ!!」
審判の呼ぶ声でディアーナは立ち位置についた。
対するのは獣人の女子生徒。
「ディアーナ・ヴェド・ベネットと申します。ロスタムの方と戦える事を光栄に思います」
「ロスタム獣王国レーア・ギュンマーと申します。こちらこそセウェルスの方と剣を交わす事が出来、光栄です」
そう言ってお互いに頭を下げると、ディアーナはセウェルス式に胸の高さまで腕を上げ、剣を目の前に掲げた。
レーアはディアーナが敢えてセウェルスの型に則ってくれた事に笑顔を見せる。
そうしてロスタム式なのかレーアは腕を顔の位置まで持ってくると横向きに剣を掲げる。
見学している面々も、セウェルスとロスタムが闘う姿は初めてなので食い入るようにして見つめていた。
「始めっっ!!!」
合図の直後、レーアは猫のように高く飛んだ。
身軽なディアーナでもレーア程には高く飛べない。
獣人と人間の身体能力の違いに驚きつつも、ディアーナは防御の為に剣を両手で握る。
真っ直ぐに振り下ろされたレーアの剣がディアーナの剣と音を立ててぶつかり合う。
レーアの小柄な身体からは想像出来ないような力がディアーナを襲うが、その力を剣を滑らすように流しながら、そのまま身体を反転させてレーアの背後に回り込むと、反転した勢いでレーアの首元に剣を振りかぶった。
普通ならそれで終わりの筈だったが、レーアは助走もないまま前方へ高く飛ぶと回転しながら着地する。
ディアーナはここに来て初めて剣を避けられた事に、思わず笑みを浮かべた。
「ギュンマーさん。わたくし楽しくなってきたわ!」
「ベネット先輩。私もです!獣人並に素早くて驚きました!!」
ディアーナとレーアは一定の距離を保ちつつ、声を掛け合った。
「なあ、今の見えた?」
「いや全然」
と、一瞬過ぎて目で追えなかった生徒達が囁き合う。
ディアーナは剣を片手に持ち替えると肩の力を抜いて剣を下ろした。
一見隙だらけのディアーナに対し、レーアは全身の毛を逆立てるようにして威嚇する。
「ベネット先輩って見かけによらず恐ろしい方ですね」
隙だらけに見えて、まるで隙が無いとレーアは剣を握る手が汗ばむのを感じた。
「そうさせてくれるギュンマーさんが素晴らしいのよ」
そう言ってディアーナは悠然と微笑んだ。
天幕の中では元帥が小さく笑っている。
「フェーディーン、あの獣人の生徒は将来有望だぞ。帰国せずにこのままクルドヴルムの騎士にならないかな」
「閣下。彼女はロスタム将軍家の令嬢です。無理に決まっているでしょう」
「ギュンマー……ああ!ギュンマー辺境伯か!それは強くて当然だ!引き抜いたらギュンマー辺境伯に恨まれてしまうな。仕方ない、諦めるか」
「……ベネット伯爵が負けるかもしれないのに、…閣下は少し緊張感を持って頂きたい」
元帥が気楽に話し掛けるのを、フェーディーン騎士団長は呆れた声で返した。