110. 野外授業3
気まずい空気のまま見廻りを終えたディアーナ達は、またそれぞれの専攻に分かれて授業が行われた。
剣術科の担当教師から告げられのは模擬戦。
トーナメント形式で最後まで残った生徒が騎士団員に稽古をつけて貰えるとあって生徒達の熱量が凄い。
「ん?俺は参加しないよ」
生徒達の中で一番強いのはフレディだろうと声を掛けたらあっさり否定された。
「俺は竜騎士団に所属しているから模擬戦には参加できない」
「フレディは竜騎士だったの?!」
学生なのに凄いと目を輝かせたディアーナに対してバツの悪そうな顔で頭を掻いた。
「隊長クラスは皆学生の間に特例が適用されて騎士になっている。陛下やアデルバート伯爵だってそうだ。決して凄い訳じゃない」
ルーファスだけでなくリアムも学生で騎士団に所属していた事に驚くが、思い返せばセウェルスで影と戦っていた時に傷一つ負って無かった。
「勝てば騎士団であれば誰でも指名出来る。騎士団長も例外じゃない」
フレディはニッと白い歯を見せて笑った。
騎士団所属は参加しない。それならディアーナにも騎士団長と剣を交えるチャンスがあるという事だ。
「フレディ。わたくしが模擬戦に参加する間、アルを預かってくれますか?」
「喜んで!さあアル。こちらにおいで」
フレディは両手をアルに向けて伸ばした。
アルは応援するようにディアーナの頬に顔をすり寄せると、フレディの腕を伝いその肩へ移動した。
「はー。フワフワで癒されるな」
アルの身体を撫でながら緩んだ顔で微笑むフレディにディアーナは苦笑する。
「アルは誰にも見えていませんから気を付けて下さいね」
剣術科の生徒が居る中で、側から見ればディアーナに手を伸ばし、何かに向かってウットリしている怖い者知らずの変人にしか見えない。
その事に気付いたフレディは居住まいを正すと、ゴホンと咳払いする。
「とにかくアルは任せておけ。ディアーナは精一杯頑張れ」
ディアーナの頭をポンポンとたたき、フレディは見学者の席に向かって去っていった。
「ふえー。フレディってば陛下のご寵愛深いディアーナにあんな事して。陛下が知ったら激怒されそう」
小走りで隣に立ったカティが呆れた顔でフレディの背中を見る。
否定も出来ず眉を下げるしか無いディアーナの肩にカティの手が置かれる。
「トーナメント制だからあたるか分からないけど、ディアーナと剣を交えてみたかったのよ!」
「期待に添えるか分からないけど、頑張るわね」
目を爛々と輝かせているカティは本当に剣術が好きなのだろう。
セウェルスでもカティのような女性が増えれば、騎士団も更に強くなるのではないか。
今度アナスタシアに提案してみようか、そう考えながらディアーナはカティに笑顔を見せた。
剣術科の生徒達が準備を終えて模擬戦の場所へ向かうと何故か見学席の一画に薄い天幕が下ろされて中が見えないようになっている。
その両脇にフェーディーン騎士団長に、カルステッド幻術師団長が座っていた。
クラースは騎士団長の隣に控えている為、天幕の中に居るのはルーファスでは無い事が分かる。
(大叔父様ってば心配性過ぎる…)
天幕は元帥が放つ災厄級の色気を生徒達に及ばせないようにする為だろう。
騎士団だけあって皆平然としているが、大騒ぎだったに違いない。
天幕の中に居る人物が気になりザワザワと騒めく生徒達にフェーディーン騎士団長の怒声が響くと、ピタリと声が止んだ。
静かになったのを見計らってクラースが一歩前に出て説明を始める。
「…では、準決勝までは学年毎に分かれて戦ってもらう。組み合わせはこちらで考えた。皆健闘するように」
その後、組み合わせが書かれた大きな紙が貼られた。
何も無い野原に掲示板のようなものまで作るとは召喚は恐ろしい。
カティに手を引かれてトーナメント表を見に行くと、心底残念そうな声で「あー!決勝まで当たらないじゃない」と呻いた。
見るとディアーナとカティの名は両端に記載されており、確かに決勝まで進まないと戦う事は出来ない。
「お互い決勝まで残れるよう頑張りましょう」
「そうだね!まだ負けた訳じゃないもの」
励ますように言うとカティも大きく頷いた。
「じゃあディアーナ!私はあっちだからもう行くね!」
カティはガッツポーズをして自分の場所に走って行った。
一人残されたディアーナは小さく溜息をついてから眉を顰めて天幕を見る。
(いくら心配だからって…目の前はないでしょう)
人数が多いので六チームに分かれて模擬戦を行うが、ディアーナのチームは天幕の目の前だった。
対戦相手が揃ったところで早速模擬戦が始まる。
ディアーナは自分の順番が来るまで天幕を見ないようにして見守った。
何戦か見守った後、ディアーナの番がまわってくる。
決められた位置に立ったディアーナは、生徒だけでなく騎士団と幻術師団の視線を痛い程感じて肩を落とした。
(セウェルスの色無しが何処までやるか知りたいのかも知れないけど、見世物じゃないって)
対戦相手は男子生徒だ。クラスメイトでは無いので名前は分からないが、余程自信があるのか曲芸のように剣を振り回していた。
審判の騎士団員に咎められて、ようやく振り回すのをやめた男子生徒はディアーナに向かって笑い掛けてくる。
ディアーナの見た目は剣を握れるとは思えない程に細い。筋肉もついているようには見えないから、男子生徒は既に勝利を確信していた。
「フェーディーン。君はどちらが勝つと思う?」
天幕の中から低く艶のある声が聞こえて、フェーディーン騎士団長は眉を顰めた。
「閣下。くれぐれもそれ以上の声でお話しされませんよう。生徒達が混乱します」
「ん?ああ…済まない。それで答えは?」
「…答えるまでもないでしょう」
フェーディーン騎士団長が言った瞬間、男子生徒の持っていた剣が弾かれ高く飛ぶ。
男子生徒は何が起こったか分からず動けないまま、ディアーナの剣が喉元で止められている事で自らの状況を把握する。
瞬きする間も無く勝敗が決した事に、見学していた騎士団員も息を呑む音が聞こえた。
「私の孫娘は君のお眼鏡に適いそうかな?」
小さな声で楽し気に笑う元帥に、益々眉間の皺を深くしたフェーディーン騎士団長は「まだわかりません」と返した。
「モニカ。君はどうだい?」
元帥は続いて隣に座るカルステッド幻術師団長に声を掛ける。
「私は元帥閣下の御心に従うだけです」
カルステッド幻術師団長は口元を綻ばせて答えた。




