108. 野外授業1
合同野外授業。
ディアーナは想定外の光景に目を疑う。
確かに野外授業の場所に到着した時には一面の野原だった。
それから二時間程で、野原だったその場所にはテントではなく様々な形をしたバンガローが建っている。
「ディアーナは初めてだから驚いたでしょ。幻術科がブラウニーを召喚して建てたのよ」
唖然としているディアーナの隣で同じクラスのカティが笑顔で教えてくれた。
ブラウニーは土属性の下位精霊だが、増改築含む家事全般を担ってくれる便利屋だ。
子供でも召喚出来る精霊なのでクルドヴルムでは重宝されている。
「ブラウニーが全部建てたの?」
「だと思う。幻術科はブラウニーよ。幻術師団は分からないわ。ブラウニーより高位精霊を召喚したのかもしれない」
今年の野外授業は総勢100名弱の生徒が参加。そして引率の先生と騎士団、幻術師団の面々で大所帯だ。
その人数に応じてバンガローの数も多いが、形が統一されていない。
シンプルなものもあれば、ゴテゴテした正直趣味が良いとは言えないものもある。
その中の一画に形状も統一されたバンガローが整然と並んでいた。
「あれが騎士団と幻術師団のバンガローね。幻術師団が建てたものよ」
これだけ見ると学生と幻術師団の差が歴然としている。
ディアーナが言葉を失っているところにフレディの声が掛かった。
「カティ!ベネット君!ここに居たのか」
カティはフレディの声で自分の役割を思い出したのか、また後でと言って走り去っていった。
「カティは調理担当なのに失念していたようだな」
やれやれとディアーナの横に並んだフレディはバンガロー群を見て楽し気に笑う。
「今年も個性豊かだな。ほら、あれがヴァリアン君のバンガローだ」
フレディが指差す先に、紋章が描かれた真っ白なバンガローが見える。
サミュエルから貰った本に描かれていたヴァリアン公爵家の紋章。
「皆さん家紋を刻むのですか?」
「いや。剣術科は幻術科の建てたバンガローを使うから、あれは趣味だな」
「……趣味、ですか」
「彼女は家門に誇りを持っているから誇示したいのだろう」
「………」
趣味がいいのか悪いのか。何と返せば良いか分からず困惑しているディアーナの背を軽く叩いたフレディは「気にしたら負けだ」と励ましてくれた。
「あの、わたくし剣術科の部員として参加していますが役割が与えられてません」
話を変えたディアーナにフレディが笑顔を見せる。
「ベネット君は俺と一緒に見廻りだ。ついでに団長達に挨拶へ行こう」
(クリストファーに似てると思ってたけど、あの人にこの台詞は無理だわ)
主目的をついでと言ったフレディは、ディアーナの手を取ると幻術師団の建てたコテージに向かい歩き始めた。
「エイセルさんっ!」
フレディの手はディアーナの手に繋がれている。
傍目から見て誤解されるかもしれないとフレディを見上げるが、フレディは気にしていないようだ。
「どうした?」
「手を…」
そこでようやくディアーナと手を繋いでいる事に気づいたらしい。
パッと手を離すと申し訳なさそうに眉を下げた。
「済まない。…仲間だと思うと距離感を掴めなくなるんだ」
性別問わず仲間に対しての態度が今の様になると、フレディは言う。
性別問わずなら誤解する女子生徒も多いだろう。
鈍感と言われるディアーナでもそれ位は分かる。
(爽やかイケメンだと思ってたけど…天然?)
そう呆れつつも、ディアーナに指摘されてシュンとしている姿を見るとつい笑いが漏れてしまう。
「ふふっ。仲間なのに、ベネット君ですか?」
口を手で押さえつつ、楽し気に笑うディアーナを見てフレディは目を見開いた。
「ああ、そうだな。行こうかディアーナ」
「行きましょう。フレディ」
フレディの隣に並んだディアーナは満足気に微笑むと、また歩きだした。
「ところでディアーナ。肩に乗せているのは聖獣か?」
「へっ?!」とおかしな声が出てディアーナは固まる。
チラリと肩に乗せていたアルを見てからフレディを見上げた。
「……見えていますか?」
「見えてるな」
今朝、アルがどうしても離れないのでスチュワードが透明化の術をかけてくれ、今はディアーナにしか見えない筈だ。
それがフレディにも見られたなら他の生徒にもバレる可能性がある。
わたわたと慌て出すディアーナにフレディは吹き出し背中を丸めて笑い出した。
「エイセル家の瞳は少し特殊で魔力の流れが見える。その聖獣に流れる魔力が見えたから分かっただけで、ほかの者には見えないよ」
「そんなに慌てなくても」と笑うフレディの背中をディアーナはポカポカと叩いた。
「驚きました!見つかったらどうしようって!」
「聖獣なら問題無いと思うが…ほら、見て」
背中を叩かれているのに笑いを止めないフレディが周囲を歩く幻術師団と幻術科と思われる生徒を示した。
隣に寄り添ったり、頭に乗っていたりと様々な使役精霊や使役獣が見える。
「具現化し続けるのは魔力量を必要とするから、自分を誇示する為にああやっている生徒も多い。聖獣も大して変わらないから大丈夫だ」
ようやく丸めた背を元に戻したフレディが言うが、ディアーナは首を振った。
「わたくしが聖獣を連れているなんて知られたら、皆さん驚くと思います。ですからこのままにしておきます」
スチュワードが透明化の術をかけたのは何か理由があるのだ。ならば透明化のままでいた方が良いだろう。
「可愛いな」
フレディはディアーナの肩に乗るアルの身体を撫でると、目を細めた。
ディアーナも隣で大人しく撫でられているアルを見て微笑む。
「わたくしの大切な子です。…ところで何故触れているのですか?」
「見えたから透明化は効かない」
見えた相手には透明化が解除されるのか。
スチュワードから説明は受けていなかったが、一つ勉強になったとディアーナは納得する。
「ディアーナ様!」
聞き覚えのある声がして振り向くと、そこにはルーファスの近衛隊隊長クラース・シェルマン子爵が立っていた。
「クラース様!どうして此処に?陛下の護衛はよろしいのですか?」
パッと顔を輝かせながらも驚いているディアーナに、クラースが騎士の礼をとる。
「近衛隊は騎士団配下となります。本日明日はこちらに参加するよう騎士団長の指示がありました。…フレディ・エイセル殿」
ディアーナへの説明が終わると、クラースはフレディに向き直った。
「騎士団からは私が護衛する事になりました」
「シェルマン隊長自ら護衛ですか?」
「その代わり私だけです。幻術師団からはカルステッド師団長がご一緒します」
予想外の言葉にディアーナは絶句した。