107. 野外授業の誘い
「三日後、一泊二日で剣術科と幻術科の合同野外授業がある。ベネット君も参加してみないか?」
それはフレディ・エイセルの提案だった。
「フレディ。ディアーナはまだ専攻を選んでなくてよ」
一緒に居たクロエが指摘するとフレディは爽やかに笑った。
「部員なら参加出来る。どうだろうか?野外授業には騎士団と幻術師団も参加するから、ベネット君にとっても意味があると思う」
真っ白な歯を見せて笑うフレディは、スポ根男子の言葉が良く似合う。
ディアーナはつられて笑みを返すと、フレディに頭を下げた。
「エイセルさん。わたくしの為にありがとう。お許し頂けるなら参加したいです」
この誘いは、騎士団と幻術師団の両団長にディアーナを認めさせる事が目的だと感じた。
専攻していないのに申し訳なくもあり、フレディの心遣いに感謝しかない。
「ベネット君には俺達の意図がお見通しのようだ」
フレディは恥ずかしそうに頭を掻いてから眉を下げた。
「父はベネット君を認めている。どうやら君の事を気に入ったらしい」
フレディの父親、竜騎士団長のエイセル公爵は初めからディアーナを認めてくれていたように思う。
フレディの話を聞く限り、野外授業はエイセル公爵とフレディが考えてくれたのだろう。
黙って聞いていたクロエも合点がいったのかポンと両手を合わせた。
「フェーディーン騎士団長とカルステッド幻術師団長を取り込む為ですのね。確かにフェーディーン騎士団長は堅物ですし、カルステッド師団長は真面目ですからディアーナの実力を見て貰った方が早いですわ」
「…取り込む…確かに間違いでは無いが…」
「わたくしも参加したいですわ!」
「それは止めてくれ。2年生も参加するんだ」
フレディの即答にクロエは唇を尖らせる。
「サンドラ様はともかく、わたくしを問題児扱いしないで下さる?」
ディアーナは突然サンドラの名前が出てきた事に驚いた。
「ヴァリアン君は幻術科を専攻しているんだ。今回の野外訓練に彼女も参加する」
フレディが教えてくれたが、サンドラが居るのに参加して良いのか。
自分が参加する事で大騒ぎになったりはしないかと、不安になるディアーナの肩にフレディの手が置かれた。
「クロエは火に油を注ぐが君は違うだろう。彼女も騎士団や幻術師団の前で馬鹿な事はしないさ」
フレディの言葉にクロエは憤り、ディアーナは苦笑する。
確かにディアーナから喧嘩を売る事は無いので、サンドラから何か仕掛けて来なければ大丈夫だろう。
何より今の優先順位は両団長に認められる事だ。
「分かりました。よろしくお願いします」
ディアーナはもう一度フレディに頭を下げた。
「こちらこそ!ところで専攻は決めたのか?」
クロエも気になったのかディアーナの顔をジッと見つめる。
二人の顔を見てからディアーナは微笑む。
色々と見て回ったが、シリルの事もあり答えは決まっていた。
「歴史科にします!」
「歴史科?!」と、予想もしない答えにクロエとフレディは目を丸くした。
◇ ◇ ◇ ◇
「歴史科にしたのか」
その夜、離れにやって来たルーファスはディアーナの専攻を聞くと納得の表情で笑う。
「城にも図書室があるから必要な本があれば言ってくれ。あぁ、だがディアーナが知りたい情報は機密文書も多いだろうから城に来て貰った方が早いかもしれない」
ディアーナの研究対象まで察したのだろう。
サミュエルに上着を預けたルーファスは、ディアーナの隣に腰を下ろした。
「師匠とラグナを解放する手段があるなら、俺もそれを知りたいからな」
黒竜を解放したら竜騎士団が無くなる可能性があるとシリルは言っていた。
大丈夫かと無言で告げるディアーナにルーファスは苦笑で答える。
「ラグナが居ないと竜を召喚出来ないなら、俺達は竜を召喚する資格が無いって事だ。…根拠の無い自信だが、俺はラグナが居なくても竜は召喚出来ると信じている」
そう告げるルーファスの言葉に迷いは無い。
「そうだね。竜王陛下だって人間だけど竜を召喚出来たもの。クルドヴルム竜騎士団なら…」
そこまで言ったディアーナは、自らの言葉に違和感を覚えて口を閉ざした。
違和感の原因を探るが、思い当たる情報が引き出せない。
「ディアーナ。エイセル竜騎士団長から聞いたぞ。野外授業に参加するんだって?」
唐突な質問に思考は遮られ、代わりにその質問に嫌な予感がして身構えた。
「学生時代に俺も参加したが意外に楽しめた。俺は行けないがディアーナも楽しんでおいで」
「ルー、来ないの?」
絶対に「ついて行く」と言い出すと考えていたディアーナが唖然として呟くと、ルーファスは恥ずかしいのか顔を逸らした。
眉を顰め、頬を赤く染めた様子は不貞腐れているようにも見える。
「………不安だったんだ」
顔を逸らしたまま、視線だけディアーナに戻したルーファスは聞こえるか聞こえないかの小さな声で言った。
「ディアーナが俺の事を好きかどうか分からなくて不安だったから、駄目だと分かっていても行動に出てしまった。……でも今は違うから」
ディアーナも好きだと、愛していると言葉にして貰えたのでルーファスの不安は解消された。
その言葉があれば離れていても心が乱される事は無いとルーファスは言う。
ディアーナは微笑んでからルーファスを力いっぱい抱きしめた。
「認めて貰えるよう頑張るね!」
「頑張らなくてもいつも通りでいい。フェーディーン騎士団長は問題無い。カルステッド師団長は…彼女の気持ちに寄り添えれば大丈夫だ」
何に寄り添うかは言葉にしなかった。
自分で見つけろという事なのだろう。
「野外授業が終わったらラグナに会いに行こう。ディアーナの疑問はそこで解消されると思う」
先程の違和感について答えを持っているだろうルーファスは、ラグナに会うまでディアーナに伝える気は無いようだ。
先ずは野外授業が優先なんだろうと理解したディアーナは小さく笑う。
「黒竜に会えるのが楽しみだわ」
「ラグナもディアーナに会いたがっていたよ」
ルーファスはディアーナの頭を撫でてから、ディアーナが抱きついている腕を解くようにして身体から離すと立ち上がった。
「城に戻るよ。昨日はあまり寝られてないだろう」
ディアーナは瞬くと「ルー?」と首を傾げる。
普段ならディアーナが寝るまで側に居たがるルーファスにしては珍しい。
「おやすみ、ディアーナ」
ルーファスはもう一度ディアーナの頭を撫でると城に戻って行った。