02. エルガバル英雄伝説
癖のない白銀色の髪をなびかせたシリルは感情が抜け落ちた瞳でクリストファー達を見た。
薄い唇が形良く動くと低いがよく通る声が発せられる。
『賢者シリルを求める目的は?』
ピコンと音がして三つの選択肢が表示された。
大切な人を救いたい
強くなりたい
クルドヴルムを倒したい
「"強くなりたい"じゃない?」
琉偉の隣で気の抜けた格好で座っている瑠衣果が選択肢を指差した。
隣で聞いていた琉偉は「絶対違うと思う」と言いながらも瑠衣果が選んだ選択肢にカーソルを合わせてくれる。
"強くなりたい"
『貴方達は強い。賢者の力は必要無いでしょう』
淡々と告げたシリルはその場から姿を消した。
「ほらやっぱり違う」
「えぇ?"クルドヴルムを倒したい"でも、"強くなりたい"でも無いの?」
「殆ど一択な選択肢なのに二回間違える瑠衣果も凄いよ」
琉偉は呆れた表情で瑠衣果を見るが、当の瑠衣果は気にした様子もなく琉偉に身体を預けるようにして手を伸ばし、リセットボタンを押した。
「クリストファーの大切な人ってアナスタシアでしょう。アナスタシアを救う必要なんてないじゃない」
クリストファーとアナスタシアはパーティーだ。
婚約者でいつも一緒に居るのだから、何を救うのだと瑠衣果はリスの様に頬を膨らませた。
「瑠衣果が二度間違えたお陰で、迷いの森の道を覚えたよ。巨大樹まで間違う事は無いだろうから何回間違えてもいいよ」
選択肢は残り一つなのに、琉偉は嫌味なのか慰めているのか分からない事を言う。
「なんで琉偉は"大切な人を救いたい"だと思うの?」
瑠衣果の質問に、画面から目を逸らさず迷いの森の攻略を進める流唯が小さな溜息をつく。
瑠衣果の質問に答える事はなく暫く無言のまま。
部屋を包むのはゲームのBGMとコントローラーの操作音だけ。
『賢者シリルを求める目的は?』
程なく同じシーンに辿り着いた琉偉は、今度は瑠衣果の意見を聞く前に"大切な人を救いたい"を選択した。
その言葉を発したのはアナスタシア。
『私は攫われたお姉様を救いたい』
僅かにシリルの目が細められるとアナスタシアに向けて問いかける。
『全て知っていた貴女が姉君を救うと仰るのですか?』
弾かれたようにアナスタシアの体が震えるが、胸の前で手を組むとシリルを真っ直ぐ見つめた。
『知っていて何も出来なかったのは私の罪。それでも私はお姉様を愛しています。お姉様には幸せになって欲しいのです。だから私はお姉様を救いたい』
『…クルドヴルムから姉君を救う事が、本当に姉君の幸せなのでしょうか』
小さな声でそう言ったシリルは自嘲するように笑う。
困惑したアナスタシア、クリストファー。そしてパーティーメンバーはお互いの顔を見合わせた。
『…いいでしょう。姉君の幸せの為に私は貴女達の力になりましょう』
シリルの顔に浮かぶのは哀しみと後悔。
仲間になった後も、女性と見紛うほどに美しいシリルの顔が綻ぶ事は、ゲームの最後まで……一度も無かった。
「アナスタシアが言う台詞だったんだ」
琉偉の肩に頭を預けた瑠衣果は「気づかなかった」と呟く。
「そうだね。…攫われたアナスタシアの姉って何でベールをつけてたんだろう。王族なら黄金色の髪を堂々と見せるべきだ。見せられない何かがあったのかもしれない」
「………琉偉?」
考え込むようにした琉偉を不思議な顔で見つめた瑠衣果は一瞬天井を見上げ、頭をのけぞるようにしてから勢いよく琉偉の頭に自分の頭をぶつけた。
「……いっっ!!」
鈍い音がして琉偉は頭を押さえて呻く。
瑠衣果は身体を丸めている琉偉を見下ろすとニッコリ笑う。
「琉偉は考えすぎ!シリルを味方に出来たなら良いじゃない」
「……瑠衣果の石頭」
涙目になりながら文句を言う琉偉の頭を撫でながら、瑠衣果は「ごめんね」と謝罪した。
「謝るならするなよ。バカ瑠衣果」
ぐしゃりと琉偉の髪の毛を鷲掴みにした瑠衣果の目が細められる。
「……何か言った?」
「言ってない。瑠衣果は可愛い。大好きだから手を離そう!ほら、シリルの家が攻略できるぞ!」
琉偉は慌てて画面をみるよう瑠衣果を促した。